日本人の9割に…

連休中の仕事がひと段落したので、今年の MUST と決めていた本の断捨離を実行することに。
昨日から取りかかっていますが、捨ててもいいかなと思う本が30冊ほど出てきました。

そんな中、本棚の奥からこんなの発見。

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何か笑える。
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これ2011年に出版された「日本人の9割に英語はいらない」という本なのですが、その副題は「英語が出来てもバカはバカ」だったと思います。英語学習者に喧嘩を売るようなタイトルだったので、かなり話題になりました。著者の成毛眞さんは、かつてマイクロソフト日本法人の取締役だった方です。

脅迫的なタイトルにつられて私もすぐ買って読みました。読んでいくうちに腹立たしくなった記憶があります。(笑)
とりあえず通して読み、これは御美箱行き~にしていたのに、何故か捨てていなかったようです。

今回の断捨離でおさらばするつもりでしたが、昨日もう一度読んでみたのです。
表紙を見ていると「読め」と言われている気がして…。

そしたらですね。8年前とは印象が違ったのですよ。
この人の言っていることは概ね間違っていないって。

当時は、人を小馬鹿にしたようなタイトルに嫌悪感があり、この本は真面目な英語学習者を傷つける悪本だと、読む前から結論ありきで読んでいました。

が、今、改めて読み返してみると、一部を除きかなりの部分で共感できました。おそらく私自身の考え方が変わったことが大きいです。例えばタイトルの「日本人の9割に英語はいらない」に対し、当時は「何てことをこの人は言うのだろう」と反感をもっていましたが、今は逆に、なかなか的をえているのでは?と思えています。

話は飛びますが、YouTube には「芸能人の英語」で検索すると、タレントや俳優が英語を話している動画が大量に出てきます。一方、ピアノが弾ける芸能人とか、そろばんが上手い芸能人なんて探しても出てきません。しかし、英語が話せる芸能人についてはたくさんあるのです。

これは何故でしょうか?

私は日本人のコンプレックスだと思います。英語が話せることはとにかくすごいことだと考える人が多いのだと思います。宇多田ヒカルの英語を聞いて「すごい。上手い。」と思う人は多いわけですが、彼女は英語ネィティブですから上手くて当たり前です。しかし姿は日本人なので、こんなに英語を流暢に話す日本人がいることに驚き、尊敬や憧れの気持を抱く人が多いのだろうと思います。

しかしながら、宇多田さんと同じレベルで英語を話せる芸能人はほとんどいません。たどたどしい英語を話している動画をアップされて、あーだこーだと評価されている芸能人はかわいそうだと思います。

先日、芸能人ではありませんが、ZOZO の前澤さんの I choose to go to the moon! のプレゼンテーションをアメリカ人が酷評している動画を見ました。それを見た日本人のコメントも「本当に酷い英語だ」という感想がほとんどでした。

私はとても悲しい気持ちになりました。前澤さんのことは好きでもないし、確かに英語は上手くはありませんでした。しかし、だからどうしたって話です。「あーちすとって言っても通じません。字幕があるからわかる」とその動画のアメリカ人は言っていたのですが、前澤さんは自分の英語は上手くないとわかっているので、字幕をつけたんでしょう。そこに何の問題があるんでしょうか。

何でこんなことを書いたのかというと、人によるけれど、高度な英語力をつけることの優先順位が高い人がいる一方で、英語力の有無などどうでもよい人もいるからです。後者の方が圧倒的に多いと思う。前澤さんもその一人でしょう。(彼は通訳者を付けないで、下手な英語であっても通じる工夫をして、堂々とプレゼンをおこなったのであり、そのことを寧ろ評価すべきです。)

そういう人達に発音が悪いだの、文法がなってないだの批判して、英語を学ぶ重要性を力説したからといって、「もっと頑張って英語を勉強しよう」と思う人がいるのかどうか疑問です。「国際化の流れの中で私って英語もできない」と卑屈になるか、「エーゴエーゴって大きなお世話だよ」と開き直るかどちらかが大半だと思います。

私は、大いに開き直っていただいてよいのでは思っています。

ここから「日本人の9割に英語はいらない」の本に戻るのですが、今回読み直して上の YouTube と関連し、とても共感できたところを抜粋します。

P27~30より抜粋
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英語を勉強しなければいけないと思っている人に対して、断言しておこう。
日本人で英語を本当に必要とする人は、たったの1割しかいない。残りの9割は勉強するだけムダである。
こう書くと、
「これだけグローバル化が進んでいるのに、英語ができなければ、途上国にビジネスで負けてしまう」
「そんなことを言う人がいるから、日本人はいつまでたっても英語ができるようにならないんだ」
など、反発する人は多いと思う。
それでは、あなたが今まで学んできた英語は、今までの人生において役立つ場面はあったのだろうか。海外旅行に行くときでさえ、ツアーガイドに頼って、ほとんど英語を使わないだろう。たまに外国人から道を尋ねられて、しどろもどろに答えて、「あー、もっとちゃんと英語を勉強しておけばよかった」と後悔するぐらいではないかと思う。
いや、それ以前に、外国人と目を合わせずに足早に立ち去ってしまう人が大半かもしれない。
ビジネスでも、海外支店へ転勤になったか、取引先が海外の企業でない限り、英語を使う場面はないだろう。国内しか支店のない企業や、国内向けのサービスしか提供していない企業では、間違いなく英語は必要ない。

(9割の根拠について記載されていますが省略します)

だから1割は英語が必要、9割は必要ない、という計算になる。
ただ困ったことに、この1割で自分には英語が必要だと自覚している人は、以外と少ない。必要ではない9割が勘違いしてせっせと勉強しているのである。
今、日本に必要なのは、国民全員が英語ペラペラになることではない。本当に必要としている1割の英語力を向上させることが、大事なのである。
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(ここまで)

私の場合は、間違いなく1割の中に入ります。英語で収入を得ているので、永遠に英語力を向上していかねばなりません。日本語で書かれた文献をいかに正確に、英語圏の人にわかりやすく伝達するかが使命なので、もっと質の高い英文を書くために、せっせと英語を勉強します。

ところで、9割の中には、英語は必要ではないけれども、英語が好きだから勉強している人も入っています。ここはこの本の著者と私の見解の違いになりますが、著者は英語が必要でない人は、英語以外の他の有意義なことに時間を使えと言っているような印象を受けました。

私はこれには反対で、英語がただ好きだから勉強している人は、大いにすべきだと思っています。実際に、そういう人はかなりいると思います。英語を勉強するのが趣味だという人を何人も知っています。

ただ、英語が必要でないにもかかわらず、「英語が出来ないとまずいんじゃないか」とか思う必要など全くないし、英語が出来ることは日本人のプライオリティではないと思います。だから私は、国を挙げての早期英語教育推進には反対です。

以上、「日本人の9割に英語はいらない」を久々に読んで、思うところがあったので書きました。
また考えは変わるかもしれません。

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ここからはおまけです。

YouTube で芸能人の英語を色々聞いてみました。印象として、「英語を話しているオレ」っていう自意識がありありと見える人が多いです。芸能人といえど、英語を話すのは緊張するでしょうし、カッコよく見えたいと思うのかもしれませんが、薄っぺらいなと思います。インタビュアーも相手のボキャブラリーを心配しているようで、あまり難しい話は聞かないですね。

そんな中で素晴らしいと思ったのは、YOSHIKI さんの英語です。彼の英語のインタビューをいくつか聞いてみましたが、どれを聞いても深いです。発音やイントネーションはネィティブには遠いですが、実に自然体で思っていることを的確に表現できることが素晴らしいのです。おそらくこの人は、日本語と英語で全く同じ質問をされたとしても、全く同じ中身の日本語と英語で答えるはずです。音楽家としての誇りを感じます。



ほめまくってしまいましたが、X Japan の曲は2曲しか知りません。
あしからず...。

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Commented by 昭和ギター小僧 at 2019-05-16 18:13 x
Satinさん、昭和ギター小僧です。共感できる興味深い記事、ありがとうございます。

 遥か昔、ほんの一時ですが、米国企業相手に英語にどっぷり漬かって仕事をしてました。電子メールも無い時代、基本ファックス、たまに国際電話が掛かってくると聞き取りでへとへとになりました。会社は勿論マルドメ、小僧も英語が得意だったことは一度も無いんですが、昭和の日本企業にありがちな無茶なアサインメントでした笑
 当方が顧客側で、特定分野での技術的なやり取りが主だったこともあり、ブロークンな英語で冷や汗かきながら何とか仕事をしてたんですが、もっとスムーズに仕事を進めたいと思ってマンツーマンの英会話学校に通ってたとき「意思疎通のレベルアップに重要なのは英語力単独ではない。日本語(母国語)を用いた論理的考察を基礎とした総合的コミュニケーション力だ」と気が付きました。
 その技術分野における相手の知識や経験がどの程度か見極められると、技術的なやり取りは格段に円滑になりました。ビジネス面で意思疎通を図りたいときも、お互いのビジネス観や日頃の価値判断基準などを共有できると、交渉が前進することが判りました。複雑なことをじっくり考えるときって母国語を使うはずなんですが、正確に深く考察するには母国語の力(国語力)がものをいうと感じてます。

 流暢な英語が苦労無く操れればなあ とは仕事で英語を使う機会がほぼ無くなった今でも思いますが、ネイティブじゃないって相手は判ってます。今や相手もネイティブじゃ無いのが当たり前です。英語が上手だということと、コミュニケーションが上手にとれることは別だと思います。当たり前ですが、伝えたい中身が大事ですよね。(一部負け惜しみです・・・)
Commented by ladysatin at 2019-05-17 17:37
昭和ギター小僧さん
コメントをありがとうございます。

そのようなバックグラウンドをおもちだったのですね。大変興味深いお話です。私もネィティブのように話せる人に憧れました。70年代のことですが、海外のミュージシャンが来日すると、時々、歌番組に出ることがあるんですね。「夜のヒットスタジオ」みたいな。(笑)そのときに、必ず通訳者として登場するのが、野中ともよさんでした。英語が話せる人が珍しかった時代なので、なんでこの人にはこんなことができるのだろうと、いつも不思議に思っていました。

社会人になり、今度は自分が英語を使わなくてはならない立場になりましたが、英会話の習得は簡単なものではありませんでした。自分のこれまでの人生を振り返り、英語が簡単だと思ったことは一度もありません。「読む・書く・聞く・話す」のどれをとっても私には困難なものでした。専門職の私が身をもって感じていることなので、英語を使う必要のない日本人が、英語を学習することがいかに難しいことかは容易に想像がつきます。

だからこそ、英語産業は衰退しないのだと思います。教材はかつては書物だけでしたが、今ではCD や DVD、さらにはパソコンを介したものなど選択肢も増えました。しかし、日本人は英語が上手くなりません。といったら言い過ぎですが、簡単に上手くならないから英語産業が廃れないということが言えるのではないかと思います。これからももっと洗練された教材が出てくると思いますが、人間の脳みそはこれまでと同じなので、状況は大して変わらないように思います。

話しがそれてしまいすみません。昭和ギター小僧さんのおっしゃる通りで、中身が大事だと思います。英語が出来ないより出来たほうがよいですが、その程度の話であって、英語教育が国を挙げて取り組むべき重要課題だとは思えないです。以前から日本の英語教育は方向性がおかしいと思っていて、話し出すととまらなくなります。σ(^_^;)
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by ladysatin | 2019-05-06 23:32 | 英語と私といろいろ | Comments(2)