先行詞の冠詞に関する考察

久しぶりに英文法に関するお話です。

皆さんは、関係代名詞が修飾する先行詞の冠詞について考えたことはありますか?

以下の2つの英文を見てください。
A: This is a book which I bought yesterday.
B: This is the book which I bought yesterday.


A、B ともに正しい英文です。訳は両方とも「これは昨日私が買った本です」となりますが、冠詞の使い方が違いますね。A は a book、B は the book です。

さて、この違いは何なのでしょう。

これについて私が大昔に学んだことは、「買った本が1冊だったら the book となり、買った本が複数ある場合は a book になる」というものです。学校の先生からそう教わったのです。

実際にそのように説明してある文法書があります。

英文法解説(江川泰一郎著) P117より引用します。
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a) This is the map I borrowed from Bill.
b) This is a map (=one of the maps) I borrowed from Bill.

※a) は地図が1つで特定されるが、b) はいくつかの地図の中の不定の1つを指す
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英文法解説は、今なお多くの英語学習者から支持される文法書です。私も事あるごとに参考にしています。ただ、この件については、ある視点が不足しているように思っていました。

それは、聞き手が、関係代名詞節に書かれている情報を話者が発話する時点で、知っているのかどうかという点です。

冠詞の使い分けの基本として、新しい情報には a を、既出の情報には the を付けるというルールがあるのは誰でも知っています。それを最初の英文に当てはめて考えると以下のようになるのではないでしょうか。

A: This is a book which I bought yesterday. → 聞き手は話者が昨日、本を買ったことを知らない
B: This is the book which I bought yesterday. → 聞き手は話者が昨日、本を買ったことを知っている


上記のように考えて、またまた WordReference. com で質問してみました。
昨年の10月25日のことです。以下をクリックしてくださいね。


読むと Barque さんとおっしゃる方が、私の仮説に同意してくださっています。(この方はベテランの回答者で、過去の回答実績からも能力のある方だと思われます。)つまり、その本に対する言及が既にされている場合は the になり、初めてその本に言及するのであれば a を使うということです。

ただし、初めての言及であっても、文脈によっては the を使うこともありうるらしく、その例を一番下の方に書いてくださいました。

I did a lot of shopping yesterday. These are the clothes I bought at Marks and Spencer. This is my new mobile phone. And this is the book I bought at the new bookshop down the road.
昨日は、色々な買い物をして、服や携帯電話を見せたあとで、「そしてこれが昨日買った本だよ」って見せるときは the book も可能だとのこと。しかし、一般的に初出の場合は a book を使うとのことです。とても勉強になりました。

ここまでの話ですが、他の文法書を調べると、私が知らなかっただけで(恥)、記載されているものもありました。

現代英文法講義(安藤貞雄著) P454より引用します。
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(8a) The book I borrowed from John was very interesting.
(8b) A book I borrowed from John was very interesting.

(8a) は、私がジョンから借りた本は1冊であり、しかも、その本がどんな本であるか聞き手も知っている、と話し手が考えている場合に限って成立する文である。一方、(8b) では、私がジョンから借りた本は1冊とは限らないし、しかも、その本の存在を聞き手が知っていない場合の発話である。
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このように現代英文法講義の内容は、私が WordReference で得た情報とほぼ同じでした。英文法解説はもちろん優れた文法書なのですが、文法家によっても見解の相違はあると思います。こんなときは、なるべく多くの情報を集めて、自分なりに納得のいく説明にたどりつくようにしたいものです。私としては、今回 WordReference で質問したことで、「聞き手にとって既知か否か」が冠詞選びのポイントであることに間違いないと確信することができ、よかったと思いました。

以上が今回書きたかったことですが、本が複数ある場合についても書いておきたいと思います。

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10年ほど前のこと、「技術英語の冠詞活用入門」(原田豊太郎著)という本を買いました。当時は知りたい箇所だけ読んで、そのあとは本棚に眠らせていました。このお正月に、昔買った本をいくつか再読し、その中の1冊がたまたまこの本でした。

これも何かの縁だったのかもしれないのですが、今回の記事で私が疑問を呈していたことが、この本に載っていたのです。しかも、例文まで同じでした。いかにも、誰でも作りそうな例文ではありますが、こんなことがあるんだなと驚きました。もし、この本を先に読んでいたら、わざわざ WordReference で質問しなかったかもしれません。

「技術英語の冠詞活用入門」は地味な本なので、もっている方は多くないと思いますが、本を複数購入していた場合の冠詞の選択についても書かれていたので、少しだけ引用します。

技術英語の冠詞活用入門(原田豊太郎著) P62より引用。
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(1) 聞き手が「話し手が昨日、本を買ったこと」を知っている場合
 (a) 買った本が1冊ならば the
 (b) 買った本が2冊以上ならば、そのうちの1冊については a、2冊以上については無冠詞、
   買った本全部については the

(2) 聞き手が「話し手が昨日、本を買ったこと」を知らない場合
 (c) 買った本が1冊ならば a
 (d) 買った本が2冊以上ならば、そのうちの1冊については a、2冊以上については無冠詞
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以上です。(a) と (b) については買った本が1冊の場合なので、今まで述べた通りです。
(b) と (d) について解説します。

(b) のケース
話し手が X, Y, Z という3冊の本を買っていたとする。聞き手にはすでにそのことを伝えてある。

 ★話し手が聞き手に X だけ見せたときの発話
  This is a book which I bought yesterday.

 ★話し手が聞き手に X と Y だけを見せたときの発話
  These are books which I bought yesterday.

 ★話し手が聞き手に X, Y, Z すべてを見せたときの発話
  These are the books which I bought yesterday.

(d) のケース
話し手が X, Y, Z という3冊の本を買っていたとする。聞き手はそのことを知らない。

 ★話し手が聞き手に X だけ見せたときの発話
  This is a book which I bought yesterday.

 ★話し手が聞き手に X と Y だけを見せたときの発話
  These are books which I bought yesterday.

 ★話し手が聞き手に X, Y, Z すべてを見せたときの発話
  These are books which I bought yesterday.

いかがでしょうか。(b) のケースは少しややこしいですね。聞き手がすでに知っている情報だとしても、X だけ見せたときは a book になります。3冊の中の1冊だからです。

これについて考えていたら、現代英文法講義にある「(8b) では、私がジョンから借りた本は1冊とは限らないし、しかも、その本の存在を聞き手が知っていない場合の発話である。」に矛盾するように思えたのです。(b) の X だけ見せたときの a book は聞き手が知っている場合の話ですよね。これはどう考えたらいいのだろうと思ったんです。

でも、よく考えたら矛盾しないみたい。X, Y, Z という本を買ったということを聞き手は知っていて(前提条件)、その中の1冊を見せて This is a book which I bought yesterday. という英文は紛れもなく成立します。

しかし、(8b) A book I borrowed from John was very interesting. という文については、前提条件は何もないですよね。John が一体、何冊の本を所有しているのかわかりませんが、多数ある中の1冊にすぎず、聞き手が John の所有する本すべてを知っているという状況は考えにくいです。だから、現代英文法講義の解説は正しいと思います。

こう考えてくると、複数名詞に関して言えば、状況設定によって変わってくると言えるのかもしれません。

改めて、冠詞の使い方は難しいと思います。

以上です。皆様のご参考になれば幸いです。

ではまた。

Commented by FHIROSE2 at 2019-01-14 19:43
はじめまして。まったく偶然に通りがかった者で、しかも50過ぎて英語はショッピングセンターでの買い物程度がせいぜいの者ですが、このトピックが、数十年前の小学校での英語の授業を一瞬で思い出させてくれたので、思わずコメントしてしまいました。
その時の先生は、非常にシンプルな言葉で「The Book」は「『その』本」、「a book」は「『ある(一冊の)』本」と覚えれば良い、と教えてくれました。
もちろん、より高度な会話の中で出現する可能性のある様々な例外は先ずは無視したのだとは思いますが、このトピックに書かれている内容を概ね満たす、(子供相手としては)見事な教え方だと思われませんか?
このトピックの最初の4~5行を読ませていただいたところで、その時の授業の様子まで目に浮かんできました。
頭のトレーニングも兼ねて、また時々拝読いたします。
Commented by ladysatin at 2019-01-15 15:08
FHIROSE2 さん
初めまして。コメントをありがとうございます。

冠詞は日本人の英語学習者にとって大変難しい分野です。the book を「その本」、a book を「ある1冊の本」という教え方は、初級レベルであればそれでよいと思います。ただ、英語学習を進めていくにつれ、聞き手にとっては the なのか a なのかというところを考えなくてはならないのですが、日本の英語教育ではその点が大きく欠落しているように思います。私も含め日本人が冠詞が不得手なのは、それが一因ではないかと思います。

FHIROSE2 さんのブログを拝見しましたが、洋楽がお好きなのですね。私と趣味が似ているかも。
今後ともよろしくお願いいたします。
Commented by FHIROSE2 at 2019-01-15 22:57
>ただ、英語学習を進めていくにつれ、聞き手にとっては the なのか a なのかというところを考えなくてはならないのですが、日本の英語教育ではその点が大きく欠落しているように思います。

最初に習う「マイ・ネーム・イズ●●、ナイス・トゥ・ミーチュー」からの先が長いんですよね、当然ですけど。
私のブログはホント、気まぐれな落書きレベルですけど、時々のぞいてやってくださいな。
Commented by ladysatin at 2019-01-16 04:26
ありがとうございます。時々読ませていただければと存じます。
Commented by 梅北ちゃん at 2019-01-26 13:57 x
Ladysatinさん

はじめまして。たまーに、記事を読ませていただいてます。文章からお人柄のよさが伝わって来ます。文法の記事はハイレベルでいつもついていけてないのですが、この記事は最近私が悩んでいる冠詞についての記事でしたので、思いきって投稿しました!
私は医療翻訳を目指しているのですが、以下の記事が面白く、また冠詞についての項目がいくつかあり、興味深かったです。
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/english/

ただ、やはり難しくて。。第3回の、サイコロとビー玉の話が、最初は「なるほど!」と思ったのですが、時間がたつと分からなくなってきました。サイコロの場合、on a surfaceとするということは、「6面あるうちのいずれか1面」という意味でしょうか。例えば、2面以上だと、on the X surfacesになるのでしょうか。

これからも、楽しみに読ませていただきます!
Commented by ladysatin at 2019-01-26 23:34
梅北ちゃんさん
初めまして。コメントをありがとうございます。たまに読んで下さっていることを知り、大変うれしいです。

リンク先を拝見しました。偶然ですが、トム・ガリーさんの本を1冊もっています。「英語のあや」という本です。この本にも「the は常識を表す」の節があり、ビー玉の話が載っていました。

ご質問にお答えしたいと思います。
>サイコロの場合、on a surface とするということは、「6面あるうちのいずれか1面」という意味でしょうか。例えば、2面以上だと、on the X surfaces になるのでしょうか。

これについては、基本的に受け手(読者または聞き手)が特定できる情報かどうかを考えるとわかりやすいかと思います。on a surface は6面の中の1面を指しますが、その1面がどれなのか受け手は知りません(新情報)。

これが単純に複数の面になるのであれば、無冠詞の on X surfaces になります。on three surfaces だったら、「6面の中の3面」という意味です。この時点では、どの3面を指しているのかを受け手は知りません。

一方、受け手がその情報を特定できる場合には the を入れて on the three surfaces とします。例えば、すでに、サイコロのイラストが明示されていて、それについての説明をする場合です。3つの面とはどの面を指しているのかが、読者にとって図を見て明らかな場合は the を付けます。また会話の場合で、実際のサイコロを見せながら、3つの面を指し示しながら説明するときも、聞き手には特定できる情報なので同様に the を付けます。

あと考えられるのは、「この前話していたサイコロの3つの面のことだけど」のように、すでに聞き手が知っている情報について話者が言及する場合も the を付けます。

梅北ちゃんさんは医療翻訳を目指しておられるのですね。翻訳の中でも最も専門知識が要求される分野だと思います。是非頑張ってください。

また遊びにきてくださいね。(^_^)
Commented by 梅北ちゃん at 2019-01-27 09:28 x
さっそくお返事と、丁寧な解説をいただき、大変感謝です!
トムガリーさんの「英語のあや」、「あや」という表現にひかれます笑 さっそくアマゾンで注文しちゃいました笑 ありがとうございます。

サイコロの説明、やっとスッキリしました。記事で「本を買った」を例として出されていたのと
繋がりました。「前から話してた本(既知);the」、「たまたま買った本(未知);a」、「たくさんの買い物した(未知)、その中の1つの本(←ここには話し手の気持ちとして、買い物したことは言ったよね。そのなかの1つなんだよ);the」

その時の状況や話し手の気持ちによって,a/複数の無冠詞↔the の置き換えがおこるんですね。
面白いです。
ありがとうございました‼
これからも記事を楽しみに読ませていただきます✨😌✨
Commented by ladysatin at 2019-01-27 19:49
こちらこそお役に立ててよかったです。

早速注文されたんですね。この本は堅苦しくなく読みやすかったです。内容もわかりやすく、トム・ガリー先生の人間味溢れるエッセイ。こういう先生に教えてもらえる生徒さんは幸せですね。

✨😌✨ ←これかわいい♪
Commented by Stingの訳から来ました。 at 2020-02-17 23:55 x
聞き手が知っているかどうかは、聞き手にしかわからない。という、いい意味での諦め=話し手が判断するしかない、という考えに至ったとき、aもtheも無冠詞も複数形も書いてある通りイメージできるようになった(つもりの)体験をしました。
聞き手が知っている、あるいは知っていてほしいと「話し手が思っている」ときthe。
聞き手が知らない、あるいは知っていてほしくない、あるいは知ってようが知るまいが大きな問題ではないと「話し手が思っている」ときa。
みたいな感じで文脈でイメージしてます。
Commented by ladysatin at 2020-02-19 01:28
Stingの訳から来てくださったのですね。
ありがとうございます。

はい、そのイメージでいいと思います。例えば、クラスメートに「昨日の先生のネクタイは変だったね」と言うとき、The necktie our teacher wore yesterday was strange. と言ったとする。話者は、クラスメートは当然、先生がどんなネクタイだったか知っていると思っているので The necktie とした。しかし、クラスメートは先生のネクタイなど気にも留めていなかったので、話者から言われてもわからない。しかし「ああ、私が当然ネクタイの柄のこと知ってると思って the をつけたんだ」と瞬時に脳が解釈するので、違和感なく会話が成立するということですね。

コメントをありがとうございました。
Commented by a 国語教員 at 2020-02-19 13:02 x
大変失礼しました。
Stingの訳から来ました。 at 2020-02-17
勉強になります。 at 2020-02-18
を書いた者です。
ネットに書き込むのが20年ぶりくらいなので、うまく名乗れませんでした。
youtubeで曲を聴いてて、貴ブログのStingの訳に辿りつき、ついついコメント欄を汚してしまいました。
ネクタイの例、とても分かりやすいです。
奇しくも、よく言われる(日本語)ので笑っちゃいました。
英語で言われたら、「yesterday限定のtheでよかった」って嬉しくなります。w
Commented by ladysatin at 2020-02-19 14:39
国語教員さん
同一人物だったのですね。やっと結びつきました。「昨日の先生のネクタイは変だったね」って言われることがあるのですか?わかりやすい例でよかったです。
また遊びに来てくださいね。(^_^)
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by ladysatin | 2019-01-13 23:22 | 冠詞_Article | Comments(12)