翻訳の極意を垣間見る

洋書は原書で読む

ポリシーというほどでもありませんが、基本的にそうしてきました。もちろん英語に限ってのことです。それが、昨年はめずらしく、翻訳書を買って読もうという気持ちになりました。

きっかけは、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュースです。

カズオ・イシグロの作品は、過去に一つだけ原書を読んだことがあります。

The Remains of the Day - 日の名残り

出版されたのは1989年ですが、買ったのはそれから約10年後のこと。特に英文学に傾倒しているわけでもなく、カズオ・イシグロという小説家も知りませんでした。たまたま立ち寄った本屋さんで、The Remains of the Day というタイトルの美しさに魅かれて、衝動的に買った記憶があります。

私は、これは良さそうだと思ったら、自分のインスピレーションを信じるタイプです。当てにならないこともしばしばですが、この本は期待を裏切りませんでした。

その前に The Remains of the Day には何故、The Remains と The が付くのでしょう?
(またもや定冠詞の不思議)

これはおそらく特定できるものだからだと思います。つまり、the day は24時間あるわけですが、その中の残りの数時間を特定しているのです。もちろん、この場合は比喩的にも使われていて、主人公の一生が the day でその晩年を the remains と表現しているものと思います。the rest of… の使い方と同様だと考えられます。このように初出でありながら、名詞に the が付くケースが多々あります。

The Remains of the Day は買ってから2度読みました。1回目は辞書を引かずに通して読み、2回目は未知の単語や言い回しを確認しながら読み進めました。格調の高い英文でありながら読みやすく、その文体の美しさに魅了されました。小説としての素晴らしさは、多くの方が書かれていますので、今回はそこから離れて違う視点から書いてみたいと思います。

カズオ・イシグロのノーベル賞のニュースで湧いていた頃、テレビで一般の人が感想を求められているのを見ました。その中である方が「「日の名残り」の翻訳書が素晴らしかったです。」とおっしゃっていました。

それを聞いて、そんなに素晴らしい訳であれば読んでみたいという気持ちになりました。今まで翻訳されたものを読もうという気持ちになったことはありませんでした。文芸翻訳にさほど興味がないのと、原書で理解できれば日本語訳を読む必要はないと思っていたからです。

早速、翻訳書「日の名残り」を取り寄せて読みました。一気に読みました。

読んだあとの感想です。

まず、日本語の美しさに感銘を受けました。原書の良さを最大限に引き出した言葉の選択、それはカズオ・イシグロが日本語で書くならこう書くでしょうと思えるほどの精度を感じました。すでに原書を読んでいたのでそう思えたのだと思います。翻訳された土屋政雄氏のことは、それまで存じ上げませんでしたが、文芸翻訳の世界では一流の翻訳家なのでしょう。英語の堪能さだけではこういった作品は翻訳できないのは容易に想像がつきます。歴史への精通と、何よりも圧倒的な日本語能力がなければ無理です。

土屋氏の翻訳を読み進めていく中で、大変興味深い箇所がありました。昨年から今に至るまで、毎日のようにニュースで出てくる言葉が使われていたのです。

その言葉とは「忖度」です。

これを目にしたときはっとしました。恥ずかしながら、私は「忖度」という言葉を、昨年の財務省がらみのニュースで出てくるまで知りませんでした。しかし、圧倒的な日本語のボキャブラリーをもつ方にとって、「忖度」なぞ日常語のレベルなのでしょうね。私は自分の日本語のレベルの低さを、真面目に嘆かずにはいられません。

★広辞苑における「忖度」の定義
(「忖」も「度」も、はかる意)他人の心中をおしはかること。推察。「相手の気持ちを忖度する」


昨今、政治の場面でよく聞く「忖度」は、「上役などの意向を推し量る」の意味であることは多くの方がご存じのことと思います。調べるとこの使い方は、2000年以降に出て来たようです。

さて、「日の名残り」の中で、「忖度」が使われている箇所は P256 にあります。ミス・ケントンに明日、会うことになっているスティーブンスが、ミス・ケントンはダーリントン・ホールに対して、強い郷愁を覚えているのではないかと感じていることを述べ、そのあと以下が続きます。

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しかし、これもまた憶測、憶測、憶測にすぎません。明日になれば本人に確かめられることです。
ミス・ケントンがいま何を望んでいるかなど、勝手にあれこれ忖度していてもはじまりますまい。

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ここで使われている「忖度」は広辞苑の定義通りの意味でしょう。私は、ここで好奇心がわきました。土屋氏はカズオ・イシグロが書いたどの部分を「忖度」と訳されたのだろうと。私は手持ちの原書をチェックしました。オーソドックスな英単語(動詞)でした。さて、それは何だったでしょうか。

上記の翻訳に該当する英語は以下の通りでした。
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But then again, what is the purpose in endlessly speculating as to Miss Kenton’s
present wishes when I will be able to ascertain these from her own person tomorrow?

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土屋氏が「忖度」と訳出されたのは、speculating の箇所です。

★ジーニアスを調べると speculate の2つ目の項目にあたります。引用します。
 [SV about [as to, on] O](正式)・・・について熟考する、思いを凝らす;(あれこれと)推測する(guess)

上の英文を直訳してみます。
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しかし、再度になりますが、ミス・ケントンの現在の望みを際限なく推測することに、何の意味が
ありましょう。明日になれば本人に会って確かめることができるというのに。

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この面白くも何ともない直訳が、土屋氏の手によるとこうなります。
-------------------------------------------------------------------------------------------------
しかし、これもまた憶測、憶測、憶測にすぎません。明日になれば本人に確かめられることです。
ミス・ケントンがいま何を望んでいるかなど、勝手にあれこれ忖度していてもはじまりますまい。

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「憶測、憶測、憶測にすぎません」にあたる直接の言葉はありませんが、何故このような訳が可能になるのか。それは、then again と endlessly があるからだと思います。すでに憶測を表現した箇所が前述されているから then again とあります。そしてこのように際限なく憶測しても...という思いが endlessly に凝縮されています。スティーブンスのしつこい憶測を受けて、「憶測、憶測、憶測」と強調した書き方になっているのではと思いました。

それにしても、普通の翻訳者にこういう発想の転換ができるのでしょうか。文芸翻訳者の方々が、どういう思考回路で訳をされているのか、私には全く見当が付きません。しかし、カズオ・イシグロという類まれなる小説家が全幅の信頼を寄せる翻訳家の訳文に接し、私は文芸翻訳というものを初めて垣間見た気がします。感性も一流でなければ、かつ原作者と高いレベルで感性が一致しなければ、文芸翻訳など出来ないような気がしています。

上記の箇所はほんの一例です。原書と翻訳書を読み比べて、他にも感嘆する訳がいくつもありました。引用が過ぎると問題かもしれませんので、もう一箇所だけ取り上げたいと思います。昨年の衆議院選挙でよく出てきた言葉です。

その言葉は「烏合の衆」。希望の党は「烏合の衆」と頻繁に揶揄されたことを、皆さんお覚えておられるでしょう。

「烏合の衆」が出てくる箇所です。ダーリントン卿が、イギリスの議会制民主主義を皮肉って話している場面です。
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民主主義は過ぎ去った時代のものだ。普通選挙にいつまでもこだわっていられるほど、いまの世界は
単純な場所ではない。烏合の衆が話し合って何になる。数年前までならそれでもよかったろう。
だが今日の世界で・・・・・・?

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★広辞苑における「烏合」の定義
烏の集まるように規律もなく統一もなく集まること。


原書では以下のように書かれてありました。
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Democracy is something for a bygone era. The world’s far too complicated a place now
for universal suffrage and such like. For endless members of parliament debating things
to a standstill. All fine a few years ago perhaps, but in today’s world?

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「烏合の衆」は、members of parliament (下院議員)を指しているようです。

直訳してみます。
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民主主義は過ぎ去った時代のものだ。普通選挙などと言うが、世界は今、複雑すぎる場所になっている。
下院議員の連中は、延々と議論しても行き詰まるばかりだ。数年前ならおそらく万事うまくいっただろうが、
今日の世界で?

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注)正確には直訳ではありません。For endless members の For はその前の for universal suffrage の for と同じものだと思います。直訳すると、この for は「~にとって」の意味になると思います。

さて、土屋氏は「下院議員の連中」を何故「烏合の衆」と訳されたのでしょう。かなり大胆な訳だと思います。しかし、その訳に至る十分な背景が読み取れます。この記述の前に、イギリスの制度がいかに時代遅れかについて語られています。また「現在の議会政治は、母親の会が戦争の指揮をとるようなものだ」という言葉に代表されるイギリスの議会政治の無能さが語られています。突き詰めると議員の無能さに行き当たります。

「烏合の衆」だけ切り取ると「下院議員」のことだとはわかりにくいですが、そこに至るまでの伏線がはられているので、読者には違和感を感じさせず「議会の連中のことを指しているんだな」とすっと頭に入ります。土屋氏の言葉の選択の見事さには驚くばかりです。

以上、長くなりましたが、初めて文芸翻訳に接し、大変勉強になりました。私は今、仕事の合間を縫って、The Remains of the Day の原書と翻訳書を最初から交互に読み進めています。比較しながら読むので時間がものすごくかかっていて、昨年からまだ3割程度しか進んでいませんが、自分にとって意味のあることだと思うので、最後までやり遂げたいです。

本来この記事は、昨年書く予定でした。今週、やっとまとまった時間がとれたのでアップできました。

読んで下さった皆さん、ありがとうございました。

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追記 2018年5月14日
本記事を書いたあと、The Remains of the Day に出てくる英語について、コメントを下さった方々と議論をしました。以下の英文の意味は何かというものです。

Miss Kenton, let me suggest to you that you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature.

<翻訳書の訳>
ミス・ケントン。あなたに一言申し上げておきたい。このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい。

私はこれとは異なる解釈をしました。言葉を補って訳すと「あなたは(家政婦なのですから)、そのような傲慢な批判ができる立場ではないはずです。」になります。

議論は、この下のコメント欄に長く続いておりますので、ご興味のある方はお読みください。大変有意義で、とても深く考えさせられました。

また、久しぶりに WordReference.com でもこの問題について質問してみました。
回答を下さったネィティブの方は、私と同意見でした。
こちらもリンクを貼っておきます。


Commented by れんげ畑 at 2018-04-04 00:33 x
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。

このところずっと凹んでいたのですが、今日はladysatinさんのこの記事のおかげで、あれこれ英語妄想?できて本当に楽しかったです。
私は、The Remains of the Dayはまだ読んでいないのですが、タイトルから、「日中の残骸に、夕日が当たっている情景(例えば、小学校運動会の後の夕暮れ時、運動場に一等賞リボンが落ちていて、6年生男子がひとり、それを拾いながら、今日は楽しかったな~なんて昼間の興奮を思い起こしている・・・みたいな)」を勝手に連想していました。(汗)人生の残り時間だったんですね。(汗、汗)

引用して下さった原文のなかで、私がハマってしまった表現は、speculatingと when、そして endless members です。
「スチーブンス君は、眼鏡をかけたインテリよ、きっと。」「whenって何かすごくないっ!?」「endless membersって無数に湧いてくる虫みたい~。でも、さすがに虫呼ばわりはまずいから、鳥にしたのねっ。鳥ってやかましいもん!」などと、真剣に考えをめぐらせてみました。かなりズレている考察だとは思うのですが・・・英語って本当に楽しい~です!!ありがとうございました!


Commented by ladysatin at 2018-04-04 17:16
れんげ畑さん
お久しぶりです。コメントうれしいです。

The Remains of the Day は素晴らしい本です。イギリスに行ったことはないのですが、情景が浮かび上がるような描写の数々に魅了されました。最後の夕暮れの場面で、スティーブンスはある男からこう言われます。The evening’s the best part of the day. と。The Remains of the Day は文字通りの意味と、スティーブンスのこれからの人生のことを示唆しているようです。

れんげ畑さんの発想はいつも楽しいです。スティーブンスはインテリですね。私も when の使い方に注目しました。この when は「..の時に」というよりも「…であるというのに」と譲歩の意味合いのようですね。洋書はやはり勉強になります。

映画では確か、Anthony Hopkins が演じたと思います。私は観てないのですが、映画も評判が良いようなので、一度は観なくてはと思っています。

4月は仕事が落ち着いた感じなので、またブログにも少し時間がとれそうです。次は何を書こうかと考え中です。
(^_^)
Commented by れんげ畑 at 2018-04-05 15:13 x
夕暮れ「前」の!?な時間も、英語妄想のおかげでポジティブにやり過ごせる!
う~ん、私はなんて幸せものでしょう。
次の記事も、楽しみにしています!(お身体に無理はなさらないでくださいね。)

(「なんか、変なコメントになってる気もする~」とか、「ああ~っ、何か自分の英語力レベルばればれで恥ずかしいよ~」などと毎回葛藤するのですが、「応援してますっ」や「英語たのしいですっ」感をお伝えしたい気持ちに抗えず、つい送信ボタンを押しています。)

(それにしても、whenには感動です。「なんで今?」感が出ている気がして。他の接続詞をつかうと何となく違ってくるのかなあと妄想してみました。私も原書が読めるように頑張ります!)




 
Commented by ladysatin at 2018-04-06 00:07
れんげ畑さん
今回の when ですが、おっしゃる通り「なんで今?」感が出ていますよね。私も他の接続詞や句を考えてみたのですが、どれもしっくりきません。despite the fact that は使えないこともないのですが、ニュアンスが変わってきますし、語感が強すぎます。while は使えそうですが「なんで今?」感はでないです。やはり when 以上にピッタリの接続詞はないように思います。

れんげ畑さんの応援にはいつも感謝しています。本当にありがとうございます。
Commented by tempus fugit at 2018-04-10 12:17 x
ladysatinさんはじめまして。ウェブをいろいろ眺めていたら、偶然この記事を見つけました。私もThe Remains of the Dayが大好きなので、大変興味深く拝読しました。

実は、この作品のタイトルにもやもやしたものを感じています。「残りの時間」「晩年」であることは確かでしょうが、remain(s)は「後に残ったもの」(残留物、遺跡、遺体、などなど)をも指すことから、「人生という一日がもたらしたもの」つまり「スティーヴンスが過去の人生から得たもの」「自分の人生を回想して感じたこと」という意味も持たせたダブルミーニングと取れるのではないか。しかし自信はなく、勝手な解釈かもしれないとも思ってきました。翻訳書にもタイトルについての解説はなかったと記憶しています。

ladysatinさんの記事を読みまして、こうした”もやもや”を思い出しましたので、もしよろしければ、お考えをお聞かせいただければうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
Commented by ladysatin at 2018-04-10 19:08
tempus fugit さん
初めまして。コメントをありがとうございます。
リンク先を拝見しました。素晴らしいブログですね。早速ブックマークさせていただきました。

タイトルの件、私はあまり深く考えておりませんでしたが、言われてみるとそうですね。remains は確かに「後に残ったもの」を指します。少し調べましたところ、同じ疑問をもっておられる方は、tempus fugit さんだけではないようです。こちらの記事はおそらくネィティブの方が書かれたものと思いますが、tempus fugit さんとほぼ同じ意見をもたれているのがわかります。

https://www.shmoop.com/remains-of-the-day/title.html

一部引用します。
Stevens has a lot of time to mull over the “remains” of his life – the memories, but also consequences of his life choices.

スティーブンスは旅の途中で、ダーリントン卿に仕えていた日々を回想しますが、それらの記憶(the memories)がスティーブンスに残ったもの(the remains)と考えると自然ですね。
Commented by ladysatin at 2018-04-10 19:36
(上からの続きです)

そして、原書の最後の方にはこうあります。
Perhaps, then, there is something to his advice that I should cease looking back so much, that I should adopt a more positive outlook and try to make the best of what remains of my day. After all, what can we ever gain in forever looking back and blaming ourselves if our lives have not turned out quite as we might have wished?

土屋政雄氏の訳
では、後ろを振り向いてばかりいるのをやめ、もっと前向きになって、残された時間を最大限楽しめという男の忠告にも、同様の真実が含まれているのでしょうか。人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。

小説の最後、スティーブンスは、残りの人生を前向きに考え、新しい主人のためにジョークを練習しようと決意し旅を終えます。その一方で、誠心誠意仕えたかつての主人との記憶は、スティーブンスの中で今後も生き続けます。

tempus fugit さんのコメントに共感いたしました。
また The Remains of the Day への理解が深まりました。
ありがとうございます。
Commented by tempus fugit at 2018-04-11 23:55 x
ladysatinさん、どうもありがとうございました。"もやもや"をウェブで調べてみることまでは思い至らなかったのでちょっと恥ずかしいです。同じように解釈している人がいるようですので、大ハズレではなかったのかなと思っています。

あらためてladysatinさんの過去の記事をいろいろ拝見しましたが、目にとまった表現などを書き散らしている自分のブログと違って、文法、語法など役に立つ情報が山ほどあり、さすがプロの方は違うなと思いました。今後も参照させていただきます。よろしくお願いいたします。

なお自分のブログを見直したら、初めて The Remains of the Day について取り上げた時は映画もからめて書いていましたので、図々しいですが紹介させていただきます。
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2006-12-31

実はもうひとつ、この作品に出てくる英語についてわからない点があり、それについて書いたことがあるのを思い出しました。上のリンクに貼らせていただきますので、よろしければladysatinさんの解釈をお聞かせいただけましたらうれしいです。さらに図々しくなってしまってすみません。
Commented by ladysatin at 2018-04-12 21:48
tempus fugit さん
ご返信ありがとうございます。カズオ・イシグロの作品に関する記事を多くお書きになっていて、大変興味深く拝読しました。The Remains of the Day に出てくる英語についてわからない点というのは、記事をお見受けしたところ high and mighty の箇所でしょうか?

該当箇所
Miss Kenton, let me suggest to you that you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature.

翻訳書
ミス・ケントン。あなたに一言申し上げておきたい。このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい。

この箇所の解釈につきまして私見を述べさせていただきます。tempus fugit さんが書かれている通り、high and mighty は成句で「傲慢な、偉そうな、横柄な」という意味だと思います。ここで注目したいのは passing judgement の箇所です。この judgement は「判断」ではなく「批判」になるかと思います。
Commented by ladysatin at 2018-04-12 22:00
(上からの続きです)

★pass judgement about [on]… …について意見を述べる、批判する
(ジーニアス英和大辞典より)

次に、of such a high and mighty nature における of ですが、「~の性質を持つ」の用法だと思います。nature があるのでそう考えるのが妥当ではないでしょうか。

上記より、passing judgement of such a high and mighty nature の意味は、「そのように傲慢な性質の批判をする(直訳)」と考えました。スティーブンスがこの箇所の発言をする前に、ミス・ケントンとの激しいやりとりがありました。「ご主人様が決めたことに対して、あなたのような分際の人間がそのように偉そうな批判をすべきではない」という思いが込められているようです。

passing judgement of such a high and mighty nature は少し気取った言い方で、言い換えると passing such high and mighty judgement になると思います。

以上、土屋氏の訳とは異なる解釈になりましたが、一個人の意見として述べさせていただきました。
tempus fugit さんは、いかが思われるでしょうか。
Commented by ふたまま at 2018-04-14 06:48 x
ladysatinさん初めまして。

なぜwaterにtheがつくのか調べていて、偶然こちらのブログにたどり着きました。上品で素敵な人なんだろうなと思えるような綺麗な日本語で読んでいて楽しい落ち着きます。これからもブログのアップ楽しみにしています。

現在40歳に突入しましたが、医療翻訳家になりたくて勉強中です。医療関係の知識など全くないし、年齢もあって無謀かと思いますが、ladystainさんみたいに充実した翻訳の仕事に携われたらと思います。trialの記事とても参考になりました。フリーとして働く以上誠実な会社を見極められるようになるのも重要ですね。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-14 18:31 x
tempus fugit さん、ladysatinさん、こんにちは。

high and mightyには、名詞として「お偉方、実力者」という意味もあるので、of such a high and mighty nature は、tempus fugit さんが最初に考えたように「偉い方が扱うような(高度な)性質の」といった意味ではないでしょうか。主人公の性格から言っても「傲慢な、偉そうな、横柄な」という意味では、Miss Kentonに面と向かって言うのにはちょっと強すぎるようにも思います。

また、a high and mighty natureという言葉は、次に続く文章で出て来るthe nature of Jewryという言葉と対応しているのではないかと私は思います。要はjudgement of such a high and mighty nature =say, the nature of Jewryと捉えた訳ですが、どう思われますでしょうか。

という事で、土屋訳に一票(笑)。
Commented by ladysatin at 2018-04-15 02:11
ふたままさん
初めまして。コメントをありがとうございます。

私のブログにたどり着いていただいたのは、何かのご縁だったのかもしれません。大変うれしいです。
私は、ハードロックが大好きなおっちょこちょいのおばさんです。(笑)

医療翻訳家を目指しておられるのですね。素晴らしいと思います。医学は日に日に進歩していて、この分野の翻訳は需要が大きいと聞きます。英語に加えて専門知識などの勉強も大変だと思いますが、その分、やりがいも大きいと思います。

私は、ふたままさんのように目標をもって努力する人を尊敬します。努力は決して裏切らないですよね。

ふたままさんが翻訳者として成功されますように。応援しています。

温かなコメントとてもうれしかったです。
またいつでも遊びにいらしてくださいね。
Commented by ladysatin at 2018-04-15 02:39
免努苦齋 さん
お久しぶりです。コメントをありがとうございます。
土屋訳に一票入れられてしまった。(笑)

high and mighty には、名詞として「お偉方、実力者」という意味があるのですね。それは存じませんでした。ただその路線で考えたときに、チャレンジャーの ladysatin としては、前置詞が of になっているのが気になっております。あと、pass judgement の意味のとり方も...。

tempus fugit さんのお考えもお待ちしたいと思いますが、他にもありましたらよろしくお願いいたします。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-15 20:09 x
ladysatinさん

それは兎も角、素敵な出会いをされたようで、おめでとうございます。私が言うのも変ですが、The Remains of the Day の原書と翻訳書に遭遇したのは、運命的な出会いのような気がします。確か、土屋氏もIBMだったかのコンピューター・マニュアルの翻訳をしていて、それから文芸翻訳に転じた方ではなかったかと記憶しています。私はあれこれ言う資格はないのですが、巷間言われている彼の翻訳の精度というものは、このキャリアによるところが大きいのではないかと思われます。一見なんでもないような訳にみえますが、The Remains of the Dayから「日の名残り」という簡潔な日本語訳は普通には出てこないと思います。

将来、このブログが機縁となって、ladysatinさんにも洋楽関係の翻訳のオファーが来るかも知れません(*^ー^)v。

何で読んだか覚えていないのですが、土屋氏に関して印象に残っている翻訳エピソードがあるのでご紹介を。先のマニュアルの翻訳をしている時に、「何々のボタンを押せば、・・・」という原文を、当該機種ではそのボタンは赤いから、判り易く「赤いボタンを押せば、・・・」とあえて意訳したというのです。Simply marvelous!!
Commented by tempus fugit at 2018-04-16 08:45 x
ladysatinさん、免努苦齋さん、コメントどうもありがとうございました。

実は、返信コメントを投稿しようとしているのですが、何度やっても

「エキサイトブログで禁止されているキーワードが含まれているため、コメントが受け付けられませんでした」

という表示が出て、アップできない状態がずっと続いています。変な言葉はないはずなのですが・・・。多少言い回しを変えてみても毎度同じです。

のちほど、内容を変えない形で文を大きく書き換えて再度トライしてみます。大変すみません。
Commented by ladysatin at 2018-04-16 12:30
tempus fugit さん
すみません。禁止ワードの件、最近、外国からスパムコメントが頻繁に届くようになり、いくつか拒否ワードを設定しています。"https:" "<" ">" の3つです。一旦、解除しましたので、再度、コメントいただけますでしょうか。

ご面倒おかけしますが、よろしくお願いいたします。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-16 19:50 x
tempus fugit さん、ladysatinさん。

実は私も同じ理由でアップできず、何回か文章を削ってようやくアップできたのが、前の文章だったので、今さらですが、その削った部分等を補いたいと思います。

まず、of such a high and mighty natureですが、この言い方はhigh and mightyを形容詞句と取ると、読んでいてどうも落ち着きが悪い、どうも違和感があるのですね、私の場合。「少し気取った言い方」とladysatinさんも述べておられますが、くどいというかとても冗漫な感じを受ける。その違和感が何処から来るのかと考えるに、形容詞句をさらにof~natureで形容詞句化している為ではないかと思われます。それがhigh and mightyを名詞句と取った一つの理由です。

もう一つは先に述べたように、意味の上からで、主人公がこの場面で言葉遣いとしてあからさまに非難する様な言葉を使うとは思えないという事です。恐らく主人公も内面ではMiss Kentonと同じように理不尽さを感じていながら、彼女を何とか説き伏せようとしているというふうにこの場面を理解したので、こういった売り言葉に買い言葉的な言い方をするというのは違和感があるのですね。

Commented by 免努苦齋 at 2018-04-16 19:58 x
続きです。

それから続くThe fact is以下の文章は、前の文章の内容をパラフレーズして補足的に述べていると私は読みました。あなたはその立場にないと言って置いてから、次に我々はその立場にないと言い換えている。Miss Kentonを何とか説き伏せようと懸命になっている主人公の姿が浮かんでくるような文章だと思います。

とまあ言ったような事で、結局は読んでいる時の文脈上の微妙な感覚を根拠としてそれに理由を付けてなんだかんだ言っているので、私はそうは思わないと言われれば、それまでの話ですけれど(笑)。
Commented by tempus fugit at 2018-04-16 20:18 x
教えていただきました禁止ワードですが、もともとアップしようとしていた文でも使っていませんでした。先ほどかなり書き直した文で再度トライしましたが、やはり同じ表示が出てダメでした。長めの文章なのですが、字数制限があるのでしょうか?
Commented by ladysatin at 2018-04-16 21:45
tempus fugit さん
度々すみません。文字数ですが、1024文字が1回のコメントの最大値なのですが、限度を超えると警告が出て投稿できなくなります。禁止ワードでコメント出来ないとおっしゃった方はこれまでいませんでした。免努苦齋さんがおっしゃるように、細切れにした方がよいのかもしれないですね。

原因がわからず、大変申し訳ないです。何度もお願いするのは恐縮ですが、急ぎませんのでお時間のあるときに、またお願いできると幸いです。

本当に申し訳ありません。
Commented by ladysatin at 2018-04-16 21:51
免努苦齋さん
詳細にご説明いただきありがとうございます。

私も引き続き考えたいと思います。まだ tempus fugit さんのコメント入力が出来ない状況なので、理由をお調べしているところです。

よろしくお願いいたします。
Commented by tempus fugit at 2018-04-17 01:12 x
短くするために2つに分け、箇条書きスタイルにします。

やはりミス・ケントンに対する小言と取るのが自然ではと思いました。
もちろん、「絶対そうだ」と言い切れるわけではありませんので、お二人から、さらなる分析・ご意見をいただけましたらうれしいです。

ladysatinさんの指摘のように、ofは「~の性質を持つ」と解釈するのが自然に思える。

名詞としては、Random Houseの語義(英語、ここがアップ時に引っかかるのではと引用略)にあるように、形容詞同様、やはり「傲慢」という意味合いを感じさせる言葉と受け取れる。
純粋に「偉い人」と言いたいのなら、批判や皮肉を言っていると誤解されかねないこうした言葉は使わないのでは。

(続く)
Commented by tempus fugit at 2018-04-17 01:16 x
(上記の続き)
ここに至るまでの会話で、スティーヴンスはミス・ケントンに対して、さまざまな言葉を使ってたしなめているが(ここも引用略)、これにミス・ケントンがいちいち口答えを繰り返した末、遂には sin as any sin ever was...と、やたらに使うものではないsinという強い言葉まで口にして非難した。これにはスティーブンスもこうした厳しい言葉を使ってやりかえしたのは、それほど不自然ではないのでは。

以上です。
Commented by tempus fugit at 2018-04-17 01:26 x
もしかしてアップはうまくいったでしょうか。

下書きにあった元の英文の引用はすべて略したのですが、これが功を奏したようです。
しかし、上にあるladysatinさんのコメントでは、もっと長い英文の引用が問題なくアップされていますので、どうも不思議です。

説明もぐっと刈り込んだので、端折ったものになってしまいました。わかりづらかったらすみません。
Commented by ladysatin at 2018-04-17 02:11
tempus fugit さん
何度もご面倒おかけしてすみませんでした。
今回は問題なく反映できているようです。
ありがとうございました。
まずはご報告まで。

-------------------------------
免努苦齋さんと tempus fugit さんのコメントを拝読し、週末にまたご返事させていただきたく存じます。大変勉強になっています。他にも追加のコメントがございましたら、よろしくお願いいたします。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-17 17:50 x

さらに補足を。

これは想像でしかないのですが、high and mightyの語義の変遷を考えると、もともとはニュートラルな意味であったと考えるのが自然ではないでしょうか。当初はhigh and mightyという抽象的な言葉で、high and mightyな人物を指して使うようになり、ついで或る時からそういった「お偉方、実力者」特有の属性である「傲慢な、偉そうな、横柄な」という派生的な意味で使われるようになって来たという風に。

つまり、「傲慢な、偉そうな、横柄な」という意味で使われるようになったのは比較的最近になってからのことで、この小説の設定の時代には主に前者の意味合いでしか使われていなかった、と考えられないこともない。

とまあ、妄想を逞しくしているのですが、これでは牽強付会に過ぎると言われるかな(笑)。


あと、恋愛小説的なプロットとして見ると、主人公のMiss Kentonに対する好意が決定的なものになった事件としてもこの諍いを作者は描いていると私は読んだのですが、どう思われますでしょうか。

それを主人公はおくびにも出さないように描かれている訳で、こういった恋愛小説的な文脈の理解から、この場面は主人公は買い言葉的な言い方をしないでひたすらMiss Kentonの説得に努めていると私は捉えた訳ですが、うーん、これもこれでは自己投影に過ぎると言われるかな(笑)。
Commented by tempus fugit at 2018-04-18 09:09 x
免努苦齋さん

実は私も、似たような以下の内容を、最初にアップしようとしたコメントに入れていました。

「描かれた時代にはこの表現は純粋な『実力者』という意味だった、と考えることができるかもしれない。
しかし、もしそうだとしても、読むのはあくまで現代人のわれわれなのだから、今の意味と間違えられるような使い方を作者は避けるのではないだろうか。
また、オンラインの1913 Webster にも、この表現には形容詞のarrogant; overbearingという語義しか出ていない。そこで、20世紀初めにも、すでにこの表現はネガティブなニュアンスで受け取られていたと思われる。
そこで、当時は単純な意味で、時代設定にあわせたもの、という考えには無理があるのではないか。」

しかし、これを含む下書きをいくらアップしようとしてもうまくいかなかったので、長さが問題なのかと縮めた際に上バッサリと切り、Random Houseの定義のあとに、「純粋に「偉い人」と言いたいのなら、批判や皮肉を言っていると誤解されかねないこうした言葉は使わないのでは。」という一文だけにして趣旨を盛り込んだ次第です。

以上、長文となりましたが、これは果たしてアップできるでしょうか?



Commented by tempus fugit at 2018-04-18 09:24 x
追記です。

いまふと思いついて、私が持っている最も出版年が古い辞書である「岩波英和辞典」(1936年初版、1958年新板、絶版)を見ましたら、high and mightyは「尊大な;傲慢な」となっていました。

形容詞の意味しか載っていませんが、オンラインの1913 Websterとあわせて、少なくとも20世紀にはネガティブな意味になっていることがうかがえそうです。

ついでですのでひとつ宣伝、上記の私の名前の部分から、この辞書について書いた自分のブログの記事にリンクさせていただきます。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-18 20:15 x
tempus fugit さん

おお、すでに調べられていたのですね、素晴らしい!オンラインの1913 Webster があるとは知りませんでした。岩波英和辞典の旧版は私も使っていましたよ。あら懐かしい。

そうですか。うーん、我が土屋軍、旗色悪し!!

ではと、私も早速手持ちの古い辞書に当たってみました。二つ見つかりましたので、御参考までに。

一つはBrewer'sDictionary of Phrase and Fable(centenaryedition1974)。

Powerful,or more usually arrogant and overbearing.

or more usually ということはpowerfulの意味でも頻繁ではないにしても使われないこともない、といったところでしょうか。

もう一つはThe Reader's Digest Encyclopedic Dictionary(1977)。

Informal(←斜体) Overbearing ; haughty.-adv. 1.To or at a high level,position,dgree,price,rank,etc. 2.In a high manner.

ふむふむ、一歩踏み込んだ精緻でなかなかと素敵な(笑)定義ではありませんか。これによればformalとinformalの違いということになるようです。

Miss Kentonが感情的になって食って掛かって来ても、主人公はあくまでformalな言葉遣いを崩さないでいるというようにも理解できる、そう言ったら、またまた我田引水に過ぎると言われるでしょうか。最も、その真逆の理解もまた出来る訳ですけれど(笑)。
Commented by ladysatin at 2018-04-21 14:14
tempus fugit さん 免努苦齋さん

お返事が遅くなりすみません。
お二人のコメントを拝読しました。詳しく解説してくださって、本当に頭が下がります。

あれから私も原書を読み直し考えてみたのですが、今のところ tempus fugit さんとほぼ同じ解釈です。私の最初のコメントで、「passing judgement of such a high and mighty nature は少し気取った言い方」と書いたのですが、免努苦齋さんはこの言い方に、「くどいというかとても冗漫な」印象をもたれたとのことでした。おっしゃる通りだと思います。しかし逆に、この言い方がいかにも品格を重んじるスティーブンスらしいと私には思えました。(原書の中でも、自分のことを I ではなく one を使う表現が散見されるのも、彼の性格をよく表しているような気がします。)また、あの場面の流れにおいて、ミス・ケントンに対して非難するのも自然な成り行きと受け止めました。

あと私が気になったのは、前置詞の of でした。
passing judgement of such a high and mighty nature

土屋氏の訳では「このように大きな、次元の高い問題について」とあるのですが、その解釈をするに of ではなく on あるいは about にすべきではないかと思えるのです。of には確かに「関連」を意味する用法もあるのですが、pass judgement との相性が悪いような気がします。その根拠を聞かれたら具体的な回答には至りませんが、これまで英文を読んできた経験値では、of はそぐわないように思えました。

以上私見です。tempus fugit さんと免努苦齋さんには、有益な情報またお考えを頂戴し、大変勉強になりました。本当にありがとうございます。この記事を読まれる方は、このところかなり増えております。他にも異なる意見をもたれる方もいらっしゃるかもしれません。この欄はずっとオープンにしておきたいと思います。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-22 20:09 x
ladysatinさん、一つ質問させて下さい。

passing judgement of such a high and mighty natureのnatureはどういう意味で理解しておられるのでしょうか。

というのは、私には、どうしてladysatinさんがそれほどofに拘るのか、どうも良く判らないのです。私もofは「~の性質を持つ」と解釈するのに全く異存はありません。ですが、

<土屋氏の訳では「このように大きな、次元の高い問題について」とあるのですが、その解釈をするに of ではなく on あるいは about にすべきではないかと思えるのです。

とおっしゃるというのが判らない。逆にいうと「関連」ではない「~の性質を持つ」ofでも、「このように大きな、次元の高い問題について」という訳は、問題なくスムーズに出て来ると思うからです。明確な「関連」を示すon あるいは about でないと「相性が悪い」のではということは、a high and mighty natureを「大きな、次元の高い問題」と解釈されていると思いますが、この解釈に至る筋道がどうも判らないのです。

で、考えている内に思い当ったのは、natureの捉え方がそもそも違うのではないか、という事です。

私は、前にも書きましたが、このnatureは次に出て来るthe nature of Jewryのnatureと同じ意味で使われていると捉えている訳ですけれど。

Commented by ladysatin at 2018-04-23 23:11
免努苦齋さん

この場合の nature については既に述べましたように、「~の性質をもつ」と解釈しております。私は of such a high and mighty nature が judgement を直接修飾する形容詞句と考えました。また、ここでの nature と the nature of Jewry の関連性はないと思っています。

私が翻訳書の訳で大変気になっているのは of 以下の句の捉え方です。

you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature.
「このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい。」

of such a high and mighty nature を「このように大きな、次元の高い問題について」と解釈されているということは、副詞句として処理をしているということになります。つまり、on あるいは about を使った句と同様の解釈です。

しかし、of 句の副詞句の用法があるのかどうか、私はこれまで遭遇したことがないような気がするのです。

一方で、of には「関連」を意味する用法があるのですが、この場合も形容詞句が普通だと思います。

ジーニアスには、関連の of の例として、 stories of adventure(冒険の話)が上がっていました。この of adventure は stories を修飾する形容詞句です。

以上のように考え、『土屋氏の訳では「このように大きな、次元の高い問題について」とあるのですが、その解釈をするに of ではなく on あるいは about にすべきではないかと思える』と書きました。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-24 21:36 x
ladysatinさん、お忙しいところすいません。

うーん、さてどう説明したものか。犬のおまわりさんは困っています、ワンワンワワン(笑)。議論が噛み合っていない様なので、判って頂けるか判りませんが、何とか出来るだけの事はやってみることにします(汗)。

<of such a high and mighty nature を「このように大きな、次元の高い問題について」と解釈されているということは、副詞句として処理をしているということになります。つまり、on あるいは about を使った句と同様の解釈です。

この文章やこれまでの文章から察するに、多分、ladysatinさんは土屋訳を直訳と理解されているように見受けられますが、違いますか。

で直訳と見た場合、high and mighty nature=「次元の高い問題」と捉えていると思いますが、nature 「~の性質をもつ」とすると、この「問題」という訳語に疑問を持ちませんか?違和感がないですか?私は大いにあります。一体全体この「問題」という意味がどこから出て来るのか、私にはわからない。不可解です。理不尽です。大「問題」です(笑)。それがnatureの意味を私がお聞きした理由です。the nature of Jewryを持ち出したのも、この「問題」という訳語に注目して貰いたかったからです。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-24 21:42 x
続きです。

そして、勿論、土屋訳は副詞句の訳になっている訳ですが、だからといって原文も副詞句だと断定する必要はさらさらないのではと思うのです。原文は普通に素直に読んだ通り、形容詞句で何ら問題はない。つまり、何が言いたいのかというと、先の「問題」という訳語を勘案しても、ここは形容詞句の原文を副詞句の日本語に訳し替えていると取る方がむしろ自然ではないかということです。すなわち、ここのところは、土屋氏一流の達意の意訳による翻訳文ではないかと私は言いたい訳です。

ですから、繰返しになりますが、土屋氏は「あなたは、このように大きな、次元の高い判断を下せる立場にはありますまい」という形容詞句の原文を、「このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい」と副詞句の日本語にいわば開いて意訳していると、私は素直に(笑)理解している訳です。

要は直訳と取るか、意訳と取るか、そもそも私とは解釈の前提が違うで訳で、ladysatinさんはちょっと直訳に拘り過ぎではないかと思っているのですが、さて、この説明で判って頂けたでしょうか。

Commented by ladysatin at 2018-04-25 01:18
免努苦齋さん

ご説明よくわかりました。その前提でまた後日、仕事が落ち着いてからご返信させてください。
ご丁寧な説明いつもありがとうございます。
Commented by ladysatin at 2018-04-28 23:49
免努苦齋さん
お返事が遅くなりすみません。一旦仕事から解放されました。

high and mighty について、色々調べてみました。
2つほど役に立ちそうなサイトがありました。
https://writingexplained.org/idiom-dictionary/high-and-mighty
http://www.dictionary.com/browse/high-and-mighty

2つ目のサイトにこのようにあります。
This expression originally alluded to high-born rulers and was being transferred to the merely arrogant by the mid-1600s.

これが正しいとすれば、The Remains of the Day の時代(1930年代)は、arrogant の意味しかなかったのではと思われます。Stevens があえて古英語の意味をもち出したのであれば別ですが。

この件について、WordReference.com というサイトで質問してみました。ネィティブの意見を聞きたいときに、たまに利用しています。

こちらです。
https://forum.wordreference.com/threads/judgement-of-such-a-high-and-mighty-nature.3452417/
Commented by ladysatin at 2018-04-28 23:49
(上の続き)

you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature についての私の解釈は、you should not make such an arrogant criticism considering your position as a housekeeper だが、どう思うかについて聞いてみたところ、1名のアメリカ人から “This interpretation sounds very reasonable.” という回答をいただきました。この方とのやりとりが3回続きましたので、詳しくはご覧くださいますか。

また high and mighty についても、arrogant, haughty という解釈で正しいとのことでした。おそらくこの方は、high and mighty がかつて influential person, powerful person in politics などの意味で使われていたことをご存じないものと思われます。ネィティブであっても、このような方が一般的だとすると、一般人が読む小説で古英語の意味で high and mighty が使われるのは考えにくいかもしれません。

このサイトでは、通常、複数の人からのコメントが寄せられるのでそれを期待しましたが、今回は今のところ、1名しか回答していただけていません。ただし、回答を下さった方の過去の発言実績を見てみると、信頼性は高いように思われます。とりあえず参考にはなると思います。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-30 15:09 x
Stevie_Q さん(笑)。

せっかく仕事から解放されたのに、めんどうな調べものをさせて申し訳ない。

そうですか、うーん、またしても土屋軍、旗色悪しか!

さはさりながら、このネィティブの方に異議ありといったら、それこそhigh and mightyだと言われるかな(笑)。

ここで現代米語コーパス辞典 坂下昇(講談社現代新書)の定義を引きたいのですが、またまたブロックされてしまう症状が発症(笑)、以下は要約。

<威張った、おえら方。いかにも口語らしく響くけれども、15世紀の昔から威厳をこめて語られた句で英国国教会典礼に(天なる父主よ、いと高く力ある者よ、王の王よ)がある。また『白鯨』の船長エイハブがこの句で再三恐れられている。
しかし、現代のような意味でこの語を茶化した張本人は、やはりトウェイン。ハックル・ベリフィンで滑稽きわまる詐欺師の自称として使っている。いわゆるmock(揶揄)の精神が、この語をlow and humbleと同居させてしまった。

これまでの様々な辞書の定義から窺えることは、high and mightyは当初はストレートな意味で使われていたが、15、6世紀に辺り以降に主に揶揄する意味合いでアイロニカルに、infomal な言い方として使われるようになった、といったところでしょうか。

ということは、古義に関する知識がなくとも、ストレートなオリジナルの意味も、当然にこの表記からは引き出すことが出来ると考えることも出来るように思います。多分、それが前に引いたBrewer'sDictionary of Phrase and FableやThe Reader's Digest Encyclopedic Dictionaryの定義が出てくる理由なのでしょう。

続きます。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-30 15:45 x
うーん、ブロックされてしまう理由がわからない。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-30 15:47 x
また、先の『白鯨』の船長エイハブがこの句で再三恐れられているという用例にも私は注目したい。有名な古典に親しんだ人間にとって、そのフレーズというものは強く心に残るものですから。

と反論を述べてきましたが、結局は、この主人公をどのような人物として理解してこの小説を読むのか、その読み方の違いによって解釈が分かれることになる訳で、どちらの解釈にせよいずれも決定打に欠けるというのが、いわゆる優等生的な意見になろうかと思います。

ということで、やはり決定打は、これしかないのでは。
Commented by 免努苦齋 at 2018-04-30 16:15 x
tempus fugit さん

どうしても疑義が残るというのであれば、土屋氏に問い合わせて見てはどうでしょうか。いや、いっその事、Kazuo Ishiguro氏本人に直接聞いて見るのもいいかも知れません。(と、そそのかしてみる。笑)


ところで、Stevie_Qって誰から取ったんですか?(笑)
Commented by ladysatin at 2018-05-01 13:56
免努苦齋さん
詳細な説明をありがとうございます。tempus fugit さんの疑問をきっかけに免努苦齋さんにも加わっていただき、本当に有意義な議論ができました。私の解釈はすでに述べた通りですが、読み手によって解釈が変わることは大いに理解できます。私としてはお二人から新たに学んだことが多かったので、それがありがたかったです。解釈の根拠となる様々な文献を示してくださり、大変勉強になりました。

ここまできたら、作者の真の意図が知りたい気持ちがあります。どうしたらいいかわからないけど。

そうそう、Stevie_Q はですね。Creedence Clearwater Revival の Suzie Q をもじったものなんです。Stevie は私が一番好きな女性ボーカリスト、Fleetwood Mac の Stevie Nicks から拝借しました。(^_^)
Commented by 免努苦齋 at 2018-05-02 19:21 x
ブロックされた重要な部分を、うっかり再投稿し忘れたので、補足しておきます。

現代米語コーパス辞典の定義から言えることは、揶揄する意味で使われているということなので、「威張った」という意味は「お偉方」と不可分の関係にあると解することが出来る。ニュアンスも含めて言えば、正確には「お偉方のように威張った」ということでしょう。

従って、「傲慢な」 という意味で解釈した場合、「(ご主人様が決めたことに対して、)あなたはお偉方のような傲慢な性質の批判をする立場にない」という意味(直訳)になるのでしょうが、これだと「お偉方のような」という意味合いが文脈から言ってそぐわない気がします。「主人」と「お偉方」の対抗関係がどうもしっくりこない。

以上ですが、ladysatinさんの有意義な議論が出来たというのは、全くもって同感です。言葉一つと言えども、疎かには出来ないという感を今更ながらに強く致しました。機縁を作って頂いたtempus fugitさんとladysatinさんには深く感謝したいと思います。

それから、Suzie Qはちょっと思いつきませんでしたよ。久しく聞いてなかったので、久しぶりに今宵はCCRを聴くことにします。
Commented by ladysatin at 2018-05-03 03:39
免努苦齋さん
今回はブロックされずよかったです。補足説明を追記していただいて、また勉強になっています。この度のやりとりで、言葉の奥深さ、そして問題意識をもって読むことの大切さを改めて感じました。本当にありがとうございました。

CCR は私も大好きです。リアルタイムではなかったですが、名曲が多いので今でも聴いています。最近の音楽にはついていけなくて、CCR などを聴くと安心します。
Commented by tempus fugit at 2018-05-06 17:29 x
ladysatinさん、免努苦齋さん、私事が立て込んでお礼が遅くなりすみません。私のちょっとした疑問に対して真剣な検討と議論をいただきまして、本当にありがとうございました。

実は先日ネイティブスピーカーと会う機会があったので、本を持っていって質問してみました。熟年のカナダ人男性で、一定水準の教養を持った人と言って良いと思います。予断を与えないため、私の解釈は先に言わないようにしました。

彼の答えをまとめると、「of...以下はjudgementsあるいはそれを下した人物の特徴を示しており、ミス・ケントンはarrogantだと言っていることになる」、また「high and mightyの由来や、dignitaryに関わる言葉だったかどうかについては知らないが、自分を含めて一般の人はarrogant以外の意味には取らないと思う」というものでした。

ただ彼は「ちょっとfunnyでstrangeな言い方をする人物だなと感じた」とも言っていました。ladysatinさんと免努苦齋さんも引っかかりを感じたということですので、お二人がネイティブと同じように読めることに感心し、羨ましく思いました。

以上、あくまで一人のネイティブの考えですが、作者の本来の意図がどうであれ、少なくともこのように受け取られる書き方だということは言えるのではないか、と思ったしだいです。

長くなってしまいましたが、あらためてお二人に感謝を申し上げます。
Commented by tempus fugit at 2018-05-06 17:41 x
追記です。免努苦齋さんがあげられていた「現代米語コーパス辞典」と続編の「現代米語慣用句コーパス辞典」は、私も出版された時に買いました(「コーパス」という言葉を私が知ったのはこの本によってでした)。しかし拾い読みする程度の利用しかせず、今も実家のどこかに眠っているはずです。今度行った時に探して、ちゃんと読みなしてみなくては。

以前はこの2冊のような英語や英語文化の”情報辞典”はいろいろ出ていたように思うのですが(最所フミ氏は國弘正雄先生の著書など)、ネットで種々の情報がたやすく手に入るようになったせいでしょうか、最近はむしろ出版されなくなっているように思います。ちょっと残念に思います。

Commented by ladysatin at 2018-05-07 23:42
tempus fugit さん
お忙しいところお返事をありがとうございます。ネィティブの方に聞いてくださったのですね。大変参考になりました。

今回の件、tempus fugit さんからの問題提起がなかったら、一つの英文の解釈についてこのように深く考えることもなかったと思います。これからも問題意識をもって読解の勉強を続けていこうと思います。

この度は本当にありがとうございました。
Commented by Southern Man at 2018-05-22 20:50 x
貧弱な英語力の私はただ瞠目するばかりで、コメントを寄せる隙間もありませんでしたが、語学ブログに相応しい知識のやりとりを堪能させて頂きました。

『日の名残り』は映画しか観ていません。当時、『眺めのいい部屋』『ハワーズ・エンド』等で絶頂期だったジェームズ・アイボリー監督の作品だということで一応といった程度でした。もう二十年以上前の話ですが、タイトルの詩的な言葉とは裏腹に、貴族社会の内情や執事という職業を皮肉めいた視点で描いていたような記憶があります。ladysatinさんは小説を読み込まれているようですので、この映画をより深く味わうことができると思います。時間が取れるときにぜひ鑑賞なさってみてください。原作のある映画は“読んでから観る”が定石といいますから。

語呂合わせではないのですが、今回のお薦め曲はVan Morrisonの『Reminds Me of You』という、センチメンタルなバラードです。立て前主義のスティーブンスに、この歌詞のような感情を欠片でも晒すことが出来たら、ミス・ケントンと結ばれていたかもしれませんね。
Commented by ladysatin at 2018-05-23 01:38
Southern Man さん
コメントをありがとうございます。「日の名残り」の映画バージョンは、3回くらい観ました。といっても、カズオイシグロのノーベル賞のニュースの後だったので、割と最近です。小説をどのくらい忠実に表現しているのか興味があったのです。原書とは設定が大きく変わっているところが2箇所あり、それが残念でしたが、キャスティングは素晴らしいと思いました。Anthony Hopkins と Emma Thompson は原書のイメージそのもので、いたく感激しました。

Van Morrison の Reminds Me of You を聴かせていただきました。Southern Man さんらしい落ち着いた曲ですね。Van Morrison と言えば、Astral Weeks というアルバムをもっています。ハードロックばかり聴いていた私でしたが、もっと色々なジャンルのロックを聴いてみたいと思って買ったと記憶しています。そんな中で Little Feat の Dixie Chicken とも出会ったようです。

このところ仕事に追われて、ブログの更新がなかなかできておりませんが、細く長く続けていけたらと思っています。
Commented at 2018-05-27 00:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ladysatin at 2018-05-28 21:56
Southern Man さん
Astral Weeks を買ったきっかけは、90年代に発売されたある雑誌に様々なミュージシャンの特集が組まれてあり、その中にあった Van Morrison の記事を読んだからでした。Van Morrison のお勧めの5つのアルバムの中で筆頭にあったのが Astral Weeks だったのです。聴いてみた結果は、Southern Man さんと同じで、よくわかりませんでした。結局、3回くらいしか聴いていません。せっかく思い出したので、また聴いてみようかな。今だったらまた違う印象を持つかもしれませんね。
Commented by Southern Man at 2018-06-04 23:53 x
ロック史上、屈指の名盤の一つと呼ばれる『Astral Weeks』。様々なジャンルの音楽的要素を不作為に混然とさせた、若きMorrisonの魂の燃焼なのでしょうが、何回聴いても、のたりとした掴み所のないサウンドが私にはどうもしっくり来ません。音楽通の諸氏から「分かってないなぁ」と叱られても、来ないものは来ないのでラックの隅で再び眠って貰いました。やっぱり私は「Black Summer Rain」(Eric Clapton)のエンディングのギター・ソロや、「Simple Man」(Lynyrd Skynyrd)のイントロのリフを聴いているほうが幸せです。

先日、YouTubeでLynyrd Skynyrdの『Vicious Cycle Tour 2003』というライブを見つけて視聴していたら、私の大好きな曲「Tuesday's Gone」にストリングスをフィーチャリングして演奏していました。その荘厳でドラマティックなバージョンにいたく感激して、通販大手でCDを衝動買いしてしまいました。今はこのアルバムばかり聴いています。
単曲の動画もありましたから貼り付けておきます。ladysatinさんの感想を是非お聴かせ下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=ysP_X_CmE_s
Commented by ladysatin at 2018-06-08 23:34
Southern Man さん
お返事が遅くなってすみません。
ただ今仕事を多く抱え込んでいて、まだ聴けていません。
落ち着いてからお返事しますね。ごめんなさい。
Commented by ladysatin at 2018-06-13 00:25
お返事が遅くなりすみませんでした。仕事がひと段落して、やっと Tuesday’s Gone を聴きました。

オリジナルバージョンもよかったですが、ストリングスの入った Tuesday’s Gone もいいですね。サザンロックで一番好きなのが Lynyrd Skynyrd です。他のバンドはアルバムを通して聴くのはきついのですが、Lynyrd Skynyrd だけは別です。カッコいい曲が多いからだと思います。Vicious Cycle Tour 2003 はフルバージョンで YouTube に上がっていますね。じっくり聴きたいと思います。教えてくださってありがとうございます。

Lynyrd Skynyrd と言えば、飛行機事故が思い出されますが、あの前後に Street Survivors というアルバムが出て、そのジャケットが死を暗示するようなものだったので、当時は衝撃でした。さらに、そのアルバムの中の That Smell のフレーズに The smell of death surrounds you(お前には死の匂いがする)というのがあって、またまた衝撃を受けたことを覚えています。この曲も Vicious Cycle Tour 2003 に入っていたので、先に聴きました。すごく良かったです。

話は変わりますが、先日の I’d Rather Go Blind はカバーしている人が多いですね。私が気に入ったのは、Beth Hart & Jeff Beck の Kennedy Center のバージョンです。まだ聴かれてなかったら是非、聴いてみてください。

この記事では The Remains of the Day について書きましたが、Southern Man さんは映画をご覧になったとのこと。映画は時間の制約もあって、小説の微々たるエッセンスしか表現されていません。もし機会があれば、土屋政雄訳の「日の名残り」を読んでいただけたらと思います。この小説は恋愛小説ではなくて、執事とは何かを問う作品です。カズオ・イシグロの英語を見事に日本語に訳した圧巻の翻訳書です。もしよかったら読んでみてくださいね。
Commented by Southern Man at 2018-06-24 21:05 x
同じサザン・ロックでも、バンドによって風味が違いますからね。Lynyrd Skynyrdはメタル、The Marshall Tucker Bandはカントリー、The Outlawsは西海岸といったところでしょうか。Ladysatinさんの感性にLynyrd Skynyrdがぴったりくるのは至極当然です。

Beth Hartの「I'd Rather Go Blind」を聴かれましたか。外してしまったDana Fuchsをお薦めしたときに、実はどちらにしようか迷いました。彼女にしておけば、苦い記憶を残さずにすみましたね。もっとも、わたしが選んだのはJoe Bonamassaと共演している『Don't Explain』というアルバムに収録されたものでした。Jeff Beckとのステージも視聴してみます。

デジタル書籍で「日の名残り」を購入しました。車での通勤、帰宅も毎日10時近く。おまけに遅読の私ですが、読み終えたら感想をコメントします。
Commented by ladysatin at 2018-06-26 01:06
サザンロックは女の子で聴く人はほとんどいませんでしたが、Lynyrd Skynyrd を好きな人は何人かいました。トリプルギターがかっこいいんです。Saturday Night Special のイントロとかすごくしびれます。本当にメタルですね。

Beth Hart の I’d Rather Go Blind は絶品だと思いました。歌唱がきれいで落ち着いて聴けます。Dana Fuchs は、歌はうまいのですが、声を張り上げすぎてやかましかったです。あと自分の歌に酔い過ぎてるのも残念でした。ただ音楽は好みの問題なので、私に合わなかっただけかもしれません。

「日の名残り」を買われたのですね。催促してしまったみたいですみません。お忙しいと思いますので、ゆっくりと読まれてくださいね。感想はいつでもかまいません。お仕事優先でお願いしますね。何か月先でも気長にお待ちします。(*^_^*)
Commented at 2018-06-26 09:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ladysatin at 2018-06-27 03:26
KeisEcho さん
初めまして。コメントありがとうございます。

このブログを通して多くの皆様からコメントをいただき、また励まされてきました。
KeisEcho さんとも何かのご縁だったのかもしれません。
温かなコメントをありがとうございました。

これからも頑張ります。
また遊びにきてくださいね。
Commented by Southern Man at 2018-08-13 21:33 x
悔いは過去への心のたなびき。あの時、執事としてではなく、本心から繋がらなければならなかった人たち。今ではもう不帰の客となったか、時に押し流されて別のあの人になってしまっている。人生とは、そんな後悔の積み重ねかもしれない。しかし、それでも人は考える葦である。自分の選んだ道に一人よがりの理屈を付け、新たに見つけた小さな希望に未来を託そうとする。
そんな老執事の取り返しのつかない半生を、冷徹な視線で綴った物語でしたが、ラスト近くの「夕方が一日で一番いい時間なんだ」と言う台詞に、微かな光明を見ることができました。人生の半分を、疾うに過ぎた者にとっては特に……。

遅くなりました。少し斜に読んでしまったかもしれませんが、以上が『日の名残り』の私の感想です。評論家ではないので、上手く書けなくてすみません。教えて頂いた通り、平易な美しい日本語でとても読みやすい和訳でした。ありがとうございます。

Lynyrd Skynyrdは1970代のアルバムしか持っていなかったのですが、ladysatinさんの影響でしょうか、それ以降のCDも少しずつ棚を占めるようになりました。今回のお薦め曲はその中から、タイトルもジャケットも“如何にも”といったアルバム『God & Guns』(2009年)からの一曲「Unwrite That Song」です。やはり、メタル風味のサザンロックのバラードは最高ですね。
Commented by ladysatin at 2018-08-14 15:01
Southern Man さん
こんにちは。「日の名残り」の感想をありがとうございます。最後のパートはとても印象的な場面でしたね。この下りでこんな表現がありました。「人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。」この直接的な表現は、失敗や過ちの連続であった我が身と重ね合わせ、身につまされました。過去は振り返らないとはいっても、どうしても振り返ってしまうものです。過去があって今の自分があるのですから。でも、悔やんでも仕方のないことで、過去から学び、残りの人生をいかに良く生きるかが大切なんだと改めて思いました。

該当箇所は原文ではこう書かれています。
After all, what can we ever gain in forever looking back and blaming ourselves if our lives have not turned out quite as we might have wished?

この箇所の前後は何度も読んだので、暗記してしまったほどです。

------------------------------------
Unwrite That Song 聴きました。清々しいバラードですね。Free Bird を思い出します。Lynyrd Skynyrd は私も70年代しか聴いていませんでした。飛行機事故のあと再結成してからは興味がわかなくて。教えていただいて God & Guns の1曲目を聴いてみました。すごくいいです。全部通して聴いてみます。
Commented by Southern Man at 2018-08-16 22:37 x
ladysatinさんの心根は、いつも優しく、そして力強いですね。大好きな探偵のセリフを思い出しました。私は、主人公の最後の独白を、いささか穿って捉えてしまいました。レクター博士のイメージで、終始、この本を読んでしまったのかもしれません。映画の影響が大きかったのでしょうか。反省しています。

追記:
Lynyrd Skynyrdのアルバムと並行して、中学生時代に友人の部屋で聴いていた、1970年代のブリティシュ・ロックのCDも棚に増えてきました。最近では、『悪魔と魔法使い』(Uriah Heep)、『百眼の巨人アーガス』 (Wishbone Ash)、『血まみれの安息日』(Black Sabbath)の3枚が並びました。それぞれのジャケットが“らしくて”いいですよね。これもladysatinさんのブログの余波かもしれません。
Commented by ladysatin at 2018-08-17 21:17
Uriah Heep, Wishbone Ash, Black Sabbath を Southern Man さんが聴かれるとは驚きました。もちろん良い意味で。実は Wishbone Ash の大ファンです。ツインリードギターという言葉は、このバンドのためにあるような気がします。

LIVE DATES という2枚組のアルバムをもっているのですが、「百眼の巨人アーガス」からは、The King Will Come, Warrior, Throw Down The Sword の3曲がまるで一つの物語のような構成で演奏されています。ギターの音色がとにかくきれい。Wishbone Ash のようなバンドはもう出てこないでしょうね。いつか Ballad Of The Beacon を訳してみたいです。Uriah Heep は「対自核 Look At Yourself」をよく聴きました。懐かしいです。
Commented at 2018-10-05 22:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ladysatin at 2018-10-06 03:03
yasu さん
こんばんは。画像を見て驚きました。Google 翻訳ってすごく進化しているんですね。精度は高くなくても大体の中身がわかればいいというレベルであれば、翻訳アプリで十分なのでしょうね。

私の場合は英語以外はわからないので、英語と他の言語のコンペアチェックのときに、Google 翻訳を使っています。正しく訳されているのか全くの誤訳なのかの判断にはなります。やはりIT の技術の向上は、利用する側にとってはありがたいですね。
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by ladysatin | 2018-03-31 16:13 | 翻訳_Translation | Comments(65)