2017年 11月 18日
Hidden Subject
最近日本語について思ったことを少し。
日本語は主語を省略することが許容されています。たとえば、「今日、友達と喧嘩した」、「どこに行きたい?」、「おなかすいた」など、主語は「私は」「あなたは」ですが、主語を入れて話す必要がなければ入れませんよね。
それとは別に、主語の省略が可能であるという日本語の性質が、話者の発言に影響を与える場合があるのではないか、と思うことがあります。
主語を省略することで、行為者である主語が隠れることになります。もちろん聞き手には、主語が誰であるかはわかるわけですが、言葉として明示されない分、主語はオブラートに包まれ、半透明の状態になります。つまり、行為の主体が誰なのかという露骨さが軽減されるのではないかと思うのです。その結果として、大胆な発言を容易にする側面があるのではないでしょうか。
つい最近のことです。衆議院選挙での小池さんの排除発言については、皆さんも記憶に新しいでしょう。
小池さんはこう言いました。
「排除されないということはございませんで、排除いたします」
この発言がきっかけで希望の党は失速したといわれています。選挙の惨敗を受けて 小池さんは、「排除する」とした自らの発言について、「きつい言葉だったと思う」と反省の弁を述べました。それほど排除発言によるダメージが大きかったということなのでしょう。
さて、この発言の経緯ですが、記者の「公認申請すれば排除されない」という受動態の言葉を受けてのものでした。だから小池さんは、最初に「排除されないということはございませんで」と同じく受動態で返しました。受動態は行為者をぼかす効果があります。
そのあとに、小池さんはわざわざ一人称の能動態に変え、「排除いたします」と言いました。あえて能動態にすることで、自分自身が毅然と対応することを、印象付けたかったのかもしれませんが、ここで私が注目したのは、「私は排除いたします」ではなくて「排除いたします」だったことです。
この時の流れでとっさに出た発言だったのだろうと思うのですが、「排除」のようなインパクトの強い言葉を一人称の能動態で言い切ることは、いくらかの勇気を必要とするように思うのです。そこで「私は」という主語を入れるか入れないかで、話者の発言のしやすさが変わってくるのではないか、と考えてみました。
つまり、「排除いたします」の主語が「私は」であることは明確ではあるものの、発話する必要がないことで、小池さんの口から抵抗感なくとっさに出たのではないかということです。前述で、「大胆な発言を容易にする側面があるのではないか」と書いたのはこのことでした。
もちろん、話者の都合で「私は排除いたします」の代わりに「排除いたします」と言ったからといって、主語は「私は」であることは聞き手には明らかです。小池さんが「排除いたします」と言った瞬間に、聞き手は主語を察知するのですから、結果として強権的なメッセージとして多くの聞き手は受け止めてしまったというのが実態であったでしょう。
ただ、「私は」が表面に表れる表れないにかかわらず、聞き手が同じ印象をもつのかと言えば、それは違うように思います。主語である「私は」を明示することで、話者の断固とした決意が感じられるとともに、より強権的な印象を聞き手に植え付けるのではないかと思います。したがってニュアンスは大きく異なるだろうと考えます。
今回の小池さんの排除発言がメディアで取り上げられるたびに、なぜこうもさらっと「排除いたします」とおっしゃったのかなと思っていました。色々考えていくうちに、日本語における主語の省略もひとつの原因として考えられるかもと思った次第です。それをまとめておきたいと思い、この記事を書いたというわけでした。
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さて、もう少し考えたことがあります。
主語のあるなしで、ニュアンスが変わるだろうと述べましたが、英語ではどうでしょうか。
「私は排除いたします」を英訳すると、I will exclude them. になります。では、「排除いたします」はどうなるでしょう。英語では基本的に主語を省略することができないので、「排除いたします」にも同じ訳、すなわち I will exclude them. をつけるしかなさそうです。ということは、日本語におけるニュアンスの違いを英語に反映することはできなさそうに思えます。せっかく「私は」を入れずに「排除いたします」と言ったのに、英訳は「私は排除いたします」の訳になってしまいますね。
「排除されないということはございませんで、排除いたします」
It’s not that they will not be excluded. I will exclude them.
優秀な同時通訳者はもっと良い訳をされるでしょうが、拙訳で失礼します。このように、英語は主語を要求する言葉なので “I” は省略できません。省略できないことにより、排除する主体が言葉の裏に隠れることはできず、明示されてしまうのです。この “I” のインパクトは exclude という強い言葉を伴うことにより、聞き手に強烈なインパクトを与えます。I will exclude them. に “I” が存在する以上、意味としては「排除いたします」より「私は排除いたします」により近くなるように思います。
もっと柔かく言いたかったら、後半は excluded を使わなくてもすみますね。たとえば I’d say they will be. のように続けると自然な気がします。
It’s not that they will not be excluded. I’d say they will be.
「排除されないということはございませんで、そうなるでしょう」
I’d say they will be. に「そうなるでしょう」という訳をつけてみました。「そうなるでしょう」の中には「排除される」という受動態の情報が存在しますが、「排除の主体は誰か」という情報が無責任に葬り去られます。さらに「排除」という言葉はこの際省略することで、露骨さが軽減されています。省略した方がかえって自然。
小池さんは「排除いたします」なんて言わずに、「そうなるでしょう」と言えばよかったのかもしれませんね。言葉遊びをするつもりはありませんが、同じ意図を表現するにしても、選ぶ言葉遣いで聞き手に与える印象はかなり変わってくるように思います。
最後にうまくまとめたかったですが、深みにはまってしまいました。まだ考え中です。
こんばんわ
亡くなった作家の藤本義一さんが
小説とは、文字を削って削って
文章を短くすることで、素晴らしくなると言っていました。
主語を含めて、これでもかと思うぐらい削る事だそうです。
それによって、登場人物の心の機微や場の雰囲気が
読み手に伝わるそうです。
日本人は何を考えているか分からない
ただニコニコして、はっきり物事を言わないと外国の方が思われるのは
主語が抜け落ちてるのもそうでしょうが
そこまで言わなくても、わかるだろう!と
日本人の勝手な思い込みかもしれません。
忖度:他人の気持を推し量ること
最近の意味合いは少々違うように感じますが、、、
政治家にとって、周りは記者を含めて敵だらけです。
ちょっとした言葉尻りで、斬り込もうとしている輩ばかりです。
“言葉を選ぶ”というのは相手の気持ちを推し量らって言葉を選ぶわけですが
政治家たるもの、しっかりした言葉でハッキリと発言するべきだと思います。
政治生命をかけて!
では
コメントをありがとうございます。うれしいな~♪
実は今、膨大な翻訳の仕事が入ってしまって、徹夜が続いております。(涙)
コメントをきちんと読ませていただいて、コメントバックさせていただきます。
あと1週間くらいかかると思いますが、待っていてくださいね。(^^)
今後ともよろしくお願いいたします。
Hidden Subject 隠された、省略された 主語(弊和訳)
Satinさんが、躊躇する必要の無い素晴らしい『論文』Splendid!
主体(主語)が明確な能動態と曖昧な受動態。
“私は”若い頃、英語が好きでした為、英語の良さである、「主語が誰かはっきりさせること」を、日本語でも意識して応用しております
“Satinさん”は、翻訳多忙な折、ご無理はなされず、ご自愛を。
Stay happy and
healthy!
こんにちは
仕事、はかどっていますか?
コメントバック
楽しみに待っています。
が、僕のコメント
きちんと読まなくて大丈夫!
きっと僕の落ち度を指摘するのでしょうから、、、(~_~;)
(笑)
ではでは、頑張って♪
ご無沙汰しています。山のような仕事が一瞬落ち着き、プチブレイク中です。
いつもコメントをありがとうございます。今回の記事は、やや不完全燃焼なのですが、考えたことを一旦まとめてみたくアップしました。日本語は主語がなくても通じるけど、主語のあるなしを英語で訳しわけるのは難しいなあと思ったら、受動態の問題に行きつき、そこからまた深みにはまり中です。(汗)
藤本義一さんのお話、すごくわかるような気がします。無駄な言葉をそぎ落とした文章には、迫力がありますよね。yahoo の記事を読んでいても、最初の数行を読んで、それ以降を読むか読まないか決めてしまいます。読みたい記事には余計な修飾語やくどさが少ないような気がします。それと首尾一貫した論理ですね。
「忖度」という言葉を私も考えていて、この言葉が出ていた小説についていつか書きたいと思っています。といってもオリジナルは英語版ですが、その翻訳版が素晴らしいという評判を聞き取り寄せたのです。数年前に読み終えた英語版と照らし合わせながら、時間のあるときにその日本語版を読んでいます。
yasu さんも仕事頑張ってくださいね。(^^)
お久しぶりです。お返事が遅くなってすみません。仕事に埋没していました。
記事をほめていただいて大変恐縮です。σ(^_^;)
日本語は英語と違って主語を明示しないケースが多々あるわけですが、明示しない方が自然な場合と、あえて明示しない場合があると思います。後者の場合は、聞き手に判断を委ねることになるので、主語をはぐらかしたい話者の意図が透けて見える場合があるように思います。主語のあるなしで日本語の機微に触れることができますね。
I hope you stay happy and healthy, too♪
初めまして。コメントをありがとうございます。
主語の省略をすることで、確かに相手に柔らかく伝わるように思います。そう考えると日本語では、話のトーンの強弱を主語のあるなしで調節できる言葉とも言えるかもしれません。一方、英語は主語が必要ですから、主張がストレートに伝わる言語と言えそうです。
nekodaisukiyorgos さんは、エキサイトのブログのお仲間なのですね。
猫ちゃんの写真すごくかわいいです。
今後ともよろしくお願いいたします♪
都知事の発言がミネルヴァの梟を飛び立たせ、導かれるように知の森に分け入りましたね。心耳という美しい言葉がありますが、ladysatinさんは心を澄まして社会の諸事に耳を傾けることが出来る人なんだと、あらためて敬服いたしました。お仕事も忙しいとは存じますが、時間も話題も気にしないで探求心の赴くままにブログを続けてください。
さて、恒例のお薦め曲は「I'd Rather Go Blind」です。
映画の出来はさておいて、『キャデラック・レコード(2008年)』という作品のラスト・シーンで、Etta James役のBeyoncéが歌っていたのを観てこの曲を知りました。離れていく彼を瞳を潤ませながら見つめる女性の心情を歌った曲なのでしょうが、聴いていただきたいのは立ち去る男を羽交い締めするようなDana Fuchsのライブ・バージョンです。
その嗄れ声や歌い方がJanis Joplinを彷彿させますが、Janisの繊細な叫びに対して、彼女のシャウトはドスが利いていて、まさにプロレス技をかけられたような状態になります。歌いっぷり、容姿ともに最高です。戦闘モードでお聴き下さい。
追記
嗄れ声をカタカナ表記する場合、私はハスキー・ボイス(husky voice)と書くのですが、英語ではraspy voiceと表現する場合もあるようですね。貧弱な英語力ではそのニュアンスの違いがわからないので、ハスキー・ボイスを続けますが。
お久しぶりです。元気にしております。ありがとうございます。
「ミネルヴァの梟を飛び立たせ、導かれるように知の森に分け入りました」-本当に Southern Man さんの日本語は美しいですね。その表現力を少しでも分けていただけたらいいのにといつも思います。今回の記事は珍しく日本語に関して書いてみました。母語でありながら、自分でも実はよくわかっていなかったことが多くあります。英語と比較しながら考えると面白いことが見えてきますね。
husky と raspy の違いですが、調べてみたところ raspy は smooth の反対なので嗄れ声に限るようです。husky は必ずしも嗄れ声とは限らず、低音で静か、また魅力的な声を指すようです。おそらく女性であれば、raspy voice より husky voice と言われたほうが、嬉しいかもしれません。
Etta James, Beyoncé は名前だけ聞いたことがあります。Dana Fuchs は全く知らない歌手でした。それぞれの I’d Rather Go Blind を聴いてみました。同じ曲でも歌手が変わると、受ける印象がすごく変わりますね。曲自体も初めて聴くので、先入観なしに聴けました。
Dana Fuchs はかなり Janis Joplin に影響を受けているように思いました。歌い方が少し似ていますね。実は私、Janis のことを話し始めると止まらなくなるんです。伝記も読んで生い立ちから勉強しました。Janis は別格、というより別次元の人だと思います。Summertime を聴くと、今も胸が苦しくなるほどの感動を覚えます。何故こんな風に歌に魂を込めて歌えるのか、本当に不思議です。いつになったら Janis を超える女性ロックボーカリストが出てくるんだろうと思いながら長い年月が経ってしまいました。もう出てこないかもしれないですが、亡くなってから半世紀近くたっても、いまだに多くの女性歌手に影響を与え続けていることがすごいと思います。
また逢う日まで 逢える時まで
別れのそのわけは話したくない
なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
たがいに傷つき すべてをなくすから、、、
ladysatinさん
こんばんは
膨大な翻訳の仕事は片付きましたか?
新たに仕事が舞い込んでいるのでは? (笑)
前回の続き、というわけではないですが
この有名な曲には主語が出てきません。
でも大人の恋、その切ない想い
ムードたっぷりですよね
ここに「俺が、俺が」とか、「私が、私が」なんて入っていたら
ムードが台無し
うるせーんだよ、この××ジジィ!と言いたくなります(失礼)
これが日本語の真髄かと思えば、これを逆手に取り
僕とか私、君を入れることによって
若さ、初々しさを表現することもできます。
「なごり雪」作詞:伊勢正三
汽車を待つ君の横で僕は
時計を気にしてる
季節はずれの雪が降ってる
「東京で見る雪はこれが最後ね」と
さみしそうに君はつぶやく
和訳は英語の勉強もですが、むしろ日本語の勉強と思っています。
洋楽の持つ素晴らしさを心に沁み込ませるために
こちらはまだ雪が降っていませんが、風邪など引かぬよう
ご自愛くださいませ。
ではでは
ただ今、夜中です。一旦、大きな仕事が終わったのですが、また大きいのが入ってきました。機械関係の翻訳です。少し仮眠をとってまた働きます。
「また逢う日まで」はとってもなつかしい。そういえば今年になって、阿久悠さんが作った曲の特集みたいなのがテレビで何回か放送されていました。この曲には主語がないんですね。今気付きました。レコード大賞のときに、尾崎紀世彦さんがめっちゃ汗かきながら歌っていたのを思い出します。年がばれるね。(;^_^A
「なごり雪」も良い曲ですね。僕と君が入ってますね~。イルカさんのバージョンもいいけど、やっぱり伊勢正三さんが歌うと、心にぐっときます。この歌は男性に歌ってほしいかな。
私が聴くのは主に洋楽ですが、歌謡曲も結構好きです。特に演歌はいいですね。兄弟船とか望郷じょんからとか YouTube でしょっちゅう聴いてます。カッコいいったらありゃしない。(^^)
yasu さんも風邪ひかないでくださいね。
アルバム『コズミック・ブルースを歌う』(I Got em Ol' Kozmic Blues Again Mama !/1969)に収録された一曲から付けられた題名が、作品と彼女を見事に表現していて、作り手のセンスの良さに唸りました。圧倒的なステージを見せても、時代の寵児となっても、十代に経験した哀しみの記憶が水のように彼女の心を浸していて、けっして乾くことはなかったのだと思いました。
まだ鑑賞されていなかったら、お仕事が一段落ついたら是非ともご覧になって下さい。
追記
ご教授ありがとうございます。これからも“ハスキー・ボイス”を用います。
その映画のこと知りませんでした。
教えてくださってありがとうございます。
Janis が大好きだから、考える間もなく注文しました。
Little Girl Blue も大好きな曲です。映画のタイトルなんですね。
教えていただかなかったらずっと知らなかったかもしれません。
すごく楽しみにして待ちます。
本当にありがとうございました。
こんばんわ
寒い日が続きますね
コメントありがとうございます。
あの深夜のコメントを頂いたとき、自分自身も機械が動かず
バタバタしていました。
スケジュールコントロールでターボ冷凍機を、深夜2時に起動
1分もしないうちに「冷水水量不足」で緊急停止(-_-;)
冷水ポンプはエアを吸って、圧力低下
蓄熱水槽の水位レベルが低いかもと思い、水槽のマンホールを開けてみたり
配管の上に上がったり降りたり
結局は、冷水ポンプの一次側バルブが開いていないと分かり
自動制御盤の設定値を手動で変更して、無事起動、、、
散々な日でした。
って、普通の人には訳の分からない内容ですよね!?
大きな機械関係の翻訳が入ってきたそうですが
英語が出来ても書かれた内容の意味が分からなければ、翻訳なんて無理です。
ladysatinさんの凄いところはそこですね(^.^)
英語では理解できても、いざ日本語にしようと思うと考えてしまう
その逆なんて、もっての外です。 (笑)
昨年の12月に手に入れたアメリカ製の車輌、まだ動きません。
この一年、英文のサービスマニュアルを何度読んだことか
このまま今年は終わりそうです。
まだ少し早いのかもしれませんが、良い年をお迎えください。
来年も宜しくお願いします。
まるで Troubleshooting の記載項目みたいですね。私の得意分野です。(笑)
私の大きい仕事は、機械といってもロボットに関するものだったんです。これも日英翻訳で初めての分野だったのですが、お客様が私の翻訳を気に入ってくださり、その派生業務がまた舞い込んできています。ありがたいです。
Sarah McLachlan のアップ、ありがとうございます。Happy Xmas (War Is Over) は John Lennon の曲ですね。今のシーズンにピッタリです。
Sarah McLachlan も大好きな女性ボーカリストです。誰にも似ていない曲作りの才能とあの歌声。天才だと思います。
今年もあっという間に終わりそうです。
yasu さんも良いお年をお迎えくださいね。
来年もよろしくお願いいたします。